第41話 あの日の思い出
大蛇丸の視線の先――
……黒い空間から頭を覗かせている八岐大蛇。
「お主、いつまでそんなところに収まっておる」
「うるさいわい、今準備中なのじゃ……」
「わしがお主の準備をこのまま黙って見ていると思っておるのか?」
「何じゃ? 攻めてくる気か? 相変わらず卑怯なことでしかわしを負かすことはできんのか?」
ぐぐぐ……相変わらずムカつくやつじゃ!! 昔っからそうだった! こやつはイザナミ殿の後ろに隠れて、わしの悪口を言うんじゃあ! ほんっとにムカつく! イザナミ殿もイザナミ殿じゃ! 濡れ衣を着せられたのはわしなのに、いつもわしを怒るんじゃ! その度、わしはイザナギ様に八岐大蛇の本当の姿を密告するんじゃが、イザナギ様は「許してやれ」の一点張り! イザナギ様はイザナミ様に弱いんじゃあ!
「……かなりムカついてきた。何の準備をしているか知らんが今殺す」
「おい待て」
「待てん、殺す」
言って一瞬。大蛇丸は空間から覗かせている顔に向けて、自らの尾をしならせ、ものすごい威力を持たせた攻撃を空間に向けて放つ。
放つ。
――放ったはずだった。その一撃が振り落とされれば周囲一帯は地形を変化せざるを得ないほどの威力のはずだ。
しかし、周囲は何も変わっていない。変わったのは。自分だった。
「な……なんだ? 何が起こった?」
わしの体は? あの強靭な自慢の筋肉で恐ろしいほどの攻撃力を有したわしの尾は、空間に向かって振り下ろした瞬間にわしの体から消え去った。
「ぐわぁあああぁあぁぁああぁ!!」
紫色の血が辺り一帯にばら撒かれる。
「だからやめとけって言ったであろう」
「貴様! 何をした!?」
「やったのは自分であろう? わしは空間を閉じただけじゃ」
こやつ……空間使いだ。麻由美殿が無から有の空間使いなら、八岐大蛇のこれは有から無に帰す空間使い。麻由美さんが防なら、八岐大蛇は完全なる攻の空間使い。
「お主が神通力を使えるとは思わなかったぞ……」
「かっかっかっかっか、イザナミ様に与えてもらった力よ! 大蛇丸、貴様はもうわしには勝てないぞ!」
「……何もう勝負がついたようなことを言っておる。それにもう勝てないとはなんだ? わしは今まで貴様に勝ったことなどないぞ?」
「貴様こそ何を言っている? わしは大蛇丸に勝てたことなどない」
記憶違いに困惑し始める。何だ? この違和感は……。わしの記憶では八岐大蛇はその八つある首でわしを痛めつけることの記憶と、イザナミ殿に告げ口をするという卑劣な奴という記憶しかない。
「子供の頃! いつもわしのクッキー食い散らかしおって、わしが問い詰めるとそのイカれた筋肉の尾でわしを追い払っただろうが!」
「クッキーは食ったが……追い払われたのはわしじゃ!」
「それにわしが遊んでいた毬を吹き飛ばして笑いおって、わしが噛みついて怒るとそのでかい頭でわしの首全部を引き千切ろうとしたではないか!」
「そんなことするかい!!」
おかしい。わしだけじゃなく八岐大蛇もおかしい。これは……考えたくないが、記憶の改竄ではないか? そんな能力を持つ神がいるんじゃないか……?
そんな能力があればこの人間がいる世界なんてすぐに憎しみで溢れさせることができる。人間はわしら以上に感情を染める力が強い。憎しみあい認め合う。これが人間の素晴らしいところだったはずなのに、憎しみだけが先走り、認め合うことはできなくなる。
これは、記憶の改竄ということだけじゃない。感情まで操っている。脳を弄られているようだ……
わしは不意に気配が一つ増えていることに気付く。八岐大蛇も気付いている。
「だ……だれ……だ?」
恐怖が体を支配し始める。硬直して動けない。もうわしの体は、わしの物ではなく、今現れた謎の少年の物になってしまった。かろうじて動くのは思考だけ……モトハル殿に伝えなくては! こいつは危険だ。脳に直接メスを入れる。わしの脳はすでに半分に展開され、記憶の奥まで少年の瞳が映し出されている。
「あーあー……、俺の能力分かっちゃったねぇ……? でも、もう動けないでしょ? あははははははは」
その少年は、愉し気に、無邪気に、愉快に――そして邪悪にわしたちを嘲笑う。
「あれ? 尻尾が切れちゃってるね。お前はもうぶっ壊れていたのか」
尾を見て少年が言う。
「このままじゃかわいそうだね? 血がいっぱい流れて……このまま放置していたら死ぬかな? でも汚いな……。くふっ。くふふふふふふふふふふふふふふ……ああああぁぁぁぁはっはっはっはっはっはっはっは!!!!」
その狂気に満ちた笑いはわしらの思考までも停止させるのに十分すぎるほどの威力があった。もう……わしは意識すらも持たない。イザナギ様……また……わし……のあた……まを……なでてく……れない……か――
☆
完全に意識を失い、ただの人形と化した大蛇丸の額の上に立ち少年は笑う。付近には八つの首を複雑に絡ませ窒息した八岐大蛇の死体が転がっていた。少年は八岐大蛇に何もしていない。八岐大蛇は自分で首を複雑に絡ませ合い、引き抜こうと動く度に余計に絡まり、口からは血と唾液が混ざり合った、何色とも言えない吐血をした後、絶命した――。
「あっはっはっはっは♪ さぁて……お父さんはどこかな? 久しぶりだから緊張しちゃうなぁ! くふふ! お父さんに会ったら……」
少年は父親に会った時のことを、心を弾ませて考えている。本当に無邪気な子供の様に。しかし、その内容は父親を虫のように扱い、手足を引き抜く方法や、顔の前に火を近付けてどのくらいの近さまで耐えられるのか実験とか。
父親へ行う拷問の数々に心を躍らせ、邪悪な笑みを浮かべる少年。予想は出来ているであろう。元治の息子、力だ。
「お父さん、成長した僕の姿を見て泣いちゃうかな? それとも驚くかな……? でも、せっかく会うんだからすぐに使えなくなっちゃ嫌だな? いっぱい遊んでくれるかな?」
期待と喜びに満ちた可愛い笑顔。少年は空を仰ぐ。
「あははははははははは!! お父さんお父さんお父さんお父さんお父さんお父さんお父さんお父さん!! 見せてあげるね!! 僕のお父さんへの気持ちを!! ここでブツケテあげる!! あはははははははは!! 受け止めてくれるよね!! だってあなたは! 僕のお父さんなんだから!! あははははははははははは!!」
これを元治が聞いていたらどう思うのだろうか。自分が殺めた自身の子供と会えたことに喜びを示すだろうか……。それとも、狂気染みたその姿に驚愕するだろうか。恐怖するだろうか。
いや、私は知っている。元治はこれを見ても何の感動もしない。それはあの人が、私達人間に何の興味も抱いていないから。何の感動も覚えない。あの人にあるのは、自尊心の塊と、自分の中にある欲求だけ。私達はあの人の人生に色を添えて忘れられていく、ただの一回しか出てこない登場人物の一人。
黄泉の国の月を見上げて私はあの人が私の所に辿り着くのをただ待つのみ。
「今夜は……いい風が吹くわ……」
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