第30話 ツクヨミの適合者さん
「何よ! いつも自分だけ外にいるような顔して!」
「何を怒っているんだ?」
「あんたのその態度がムカつくのよ! 何がみんなのことをよろしくよ! 今まで通りあんたが面倒見ればいいでしょうが!」
そう言って、相沢は後ろを向いてしまった。そういうつもりで言ったわけじゃないんだが……。あいつには気分を害すようなことだったんだろう。俺は相沢が自分の子供に似ているようなところがあり、偶に愛おしく感じることがある。力も勝ち気で、強情な奴だった。自分の言い分が通らないと怒って、下を向いて小さな声で泣いているんだ。声には出さないけど「お父さん、僕はここでこんなに頑張っているんだよ!」っていつも俺にしかわからないくらいの小さい心の声で。
そんな相沢を後ろから再び抱きしめる。相沢は驚いてこっちに振り返る。
「お前が頑張っていることは、俺も知っている。でも、泣き顔より、俺はお前の笑った顔が好きだな」
「!!」
相沢の顔がみるみるうちに赤く染まり、フリーズしてしまった。
「元治! お前、私をからかって遊んでいるだろ!」
「真剣に言っているに決まっているだろ」
「!!」
……また、フリーズした。
だんだん面白くなってきたな。俺の息子が生きていたら……考えるのは止そう。
「まだ話は終わってないからな! また今度話すんだからな!」
変な捨て台詞を吐いてすごいスピードで走っていった。
なんか自分の子供と話しているみたいで楽しかったな。また今度話すんだからなって……なんか可愛いな。
「さて、俺達も部屋に帰るか……」
俺達が暴れたせいで崩壊してしまった町の宿屋に向かって歩く。夜ではあったが、岩石さん達は昼夜の区別があまりないようで、暗くなっても動けるやつは働くし、疲れたやつは各々休んでいるような状態だった。
「俺も帰って温泉行ってこよう……今日はちょっと刺激的だった……」
温泉は俺達が最優先で復興させた。麻由美さんの力があれば町の復興もそんなに時間はかからないだろう。あとは、麻由美さんのやる気次第だ。
石造りの宿屋に着くと、いつものように店番の岩石さんが一礼してくれるが、今日は話している余裕がない。いそいそと目の前を通り過ぎて自分の部屋に向かう。「今部屋に……」って言っていた気がするが……なんか用事があったのかな? ちょっと無視してしまって罪悪感に苛まれる。
部屋に着き、電気をつけると布団の上には……正座をした相沢の姿があった。
「……何してるの?」
「何って、元治の気持ちが分かったから、私もそれに応えようかな……みたいな?」
「で、鍵まで開けて俺の部屋にいるの? てかどうやって鍵開けたの?」
「それはツクヨミ様が『ピッキングなんて容易い』って言うから、私のことを好きなら入ってもいいかなって」
「勝手に入っちゃいけません。ピッキングもいけません」
「わ、わかった。じゃあ次からはちゃんと聞いてからにするね」
「で、何しようとしてたの?」
「だから、元治の気持ちに応えようって……」
「ははぁ、なるほどね」
つまりこいつは、俺が自分を自分の子供のように思っていることを感じ取って、俺が家族と話したいんじゃないかということを考えているんだな? 本当に優しいやつだ相沢は。
「相沢……」
「はい……」
「ありがとう」
「う、うん……」
「じゃあ話をしようか」
「あ、あの!」
「あ、ああああ、あああたし! 初めてだから優しく……!」
初めて? 話すのなんて毎日のようにしているじゃないか。あ、俺の部屋でってことか。優しくってなんだ? 話するだけだから、あ、いつもみたいに茶化すなということだな!
すべてを理解した俺は、優しく相沢の両肩を掴む。
「え? あ!」
相沢が俺に向けて目を瞑って下あごを前に突き出す。何やってんのこいつ。俺は下あごを持ち近付ける、そして手をスススっと耳の近くに移動させ……
思いっきりツボを押した。
「いだだだだっだ!! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!!!!」
「お、痛いか? ここ結構片頭痛とか和らげるツボなんだけど」
「なにしてくれとんじゃーーー!!」
「ゴフゥゥゥ!!!!」
相沢の鉄拳が俺の顎を打ち抜く。
「何すんのよ! これからって時に!」
「緊張を和らげようと……」
「ムードぶち壊しじゃない!」
「ムード? 俺は元気付けさせてくれている相沢に……」
「ああもぅ! あんたねぇ! いつまで名字で呼んでるのよ! あたしたちはもう好き同士なんだから名前で呼びなさいよ! 腹立つ!!」
「か……佳凛様……」
「様はいらない!!」
「佳凛……」
「そう! 恋人同士なんだから名前で呼び合うの!!」
「ちょっと待て、いつから恋人同士になった?」
「そんなことまで!! お前は最低な奴だな! あたしの笑った顔が好きとかなんとか言ってたじゃないか!!」
「ああ、笑った顔は好きだぞ。可愛くって優しくて元気が出る」
「……あたしも元治が好き。だから好き同士で……」
佳凛は急に固まった。
「そ……そういえば、まだ恋人とかの話はしていなかったわね」
「……」
俺は恋人というか自分の子供の様で愛おしいと思っていたところだが……これは言わない方がよさそうだ……。つまりさっきの会話で、俺が佳凛を好きであり、佳凛も俺に好意を持っていたと、そして好き同士ということから佳凛の中で妄想が爆発し、いつの間にか恋人にまで発展し今に至るということか。こいつの妄想力は現実に相当してしまうようだな。かなり危険人物だぞ?
「ま、まぁ、今回は勘違いということで、明日からはまたよろしくな……」
「ま、まだ話は終わっていない……」
かなり苦しいだろ、恋仲になっていると自分で自己完結していたものがただの妄想で、さらに妄想が現実と混合し、行動まで移してしまった。
「あの……もう恥ずかしすぎるけど、一応あたしのことは名前で呼んでよね」
「わかった」
「確かに勘違いだけど、あたしはあなたのこと好きだし、あなとと恋仲になりたいって思っているし、その……」
「わかったよ佳凛。もし、俺にも佳凛に対してそういう気持ちになったら今度は俺からお前にアプローチするから」
佳凛は、後ろを向いてしまった。小さく泣いているように見える。あ、俺の言葉で俺に今はその気がないことがわかってしまったんだ。こいつは言葉の裏をすぐ感じ取る。本当に繊細な人間なんだ。
「あい……佳凛。俺はお前を必要としているし、笑顔が好きだし優しいところも好きだよ? だから傍にいてほしい。世界が……こんな状態じゃなくなったら必ず返事をする。それまでは……」
「……わかった」
後ろを向いたまま振り返ることはなかった。歩いて部屋を出ていく佳凛。肩を落としてまるでゾンビの様だ。
「はぁ……温泉で考えよう……」
俺はリセットするために温泉に向けて歩き出すのであった。
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