第29話 遺跡の奥で見つけたもの
町の復興作業を手伝っている傍ら、俺は岩石さんに内緒で遺跡探検に勤しんでいた。
「この地質は……なんか珍しいな……」
遺跡の中は、剥き出しになった地層のような壁に囲まれており、全体的に赤褐色、所々に大部屋になっていて壁には歴史を窺わせる絵画のようなものが描かれていた。人一人がやっと通れるような道が続いており、中は迷路のように入り組んでいた。迷ったら出てこれないくらい深く、そして暗かった。しっかりとマッピングしておかないと、俺ですらも迷ってしまいそうだ。
「壁の絵は何か古代のエジプト調のものを感じるな」
俺はランタンを壁に近付けて壁の絵をできる限りうまく模写する。因みに俺の絵心は皆無と言っていいだろう。昔、小学生の頃に気になっていた女の子に「何で野球のグローブ描いているの?」と聞かれ、実は自画像を描いていたことを思い出す。
「あの子はもう死んじゃったかな……」
ふと、その子のことを思い出して感傷に浸ってしまった。もうあれから100年近く時代は進んでしまった。生きているということはないだろう。人類は時代を重ねても人間の寿命を引き延ばす術はまだ見つけられていなかった。
『主殿、何を書いているのだ?』
「この壁の模写だよ。こういう絵にはこの地域の歴史が詰まっているんだ」
『何と!? 模写であったか! 我はてっきりさやいんげんでも描いているのかと思ったぞ』
「……殺すぞ?」
『……すびばぜんでじた……』
イザナギは泣いているのか、ぐずぐずになって謝った。わかればいいんだよ。
「しかし深いなここは。今まで色んな場所を周ってみたけど一番広いかもしれない。それにこんな赤褐色の壁に何の工夫もなく絵画を描いていることも気になるし……」
絵画があるということは、確実に人の文化が根付いていたということだ。こんな暗い場所に描いて、一体誰のために残したものなのだろうか……。
「よし、今日はここまでにしよう……これ以上進むと今日中に町に戻れないかもしれない」
俺は踵を返し、町に戻ろうとした時、違和感を覚えた。
「何だ?」
『主殿? どうした?』
「いや、ここの部屋、形が変わってないか?」
『そんなわけなかろう? 部屋の形が変わるなど、壁が生きていない限り有り得ないだろう』
背中に嫌な汗が流れる……。記憶が呼び起こされる……。この感覚は、きっと……。
「元治さん……」
後ろから声を掛けられ、俺は飛び上がって距離をとる。
「お……お前は……!」
振り返った俺に軽く笑みを浮かべる一人の女性。
「お久しぶりです。元治さん」
「な、なんでここにいる!?」
「なんでって……生き返ったから……かな?」
生き返った? いや! そんなことある訳がない!
「そんなに……怪訝な目で見ないでください……」
「……お前は誰だ?」
見知った顔にお前は誰だとは……俺もついに頭がおかしくなったか。しかし、今の状況は自分がおかしくなってしまったと思っても仕方のないことだと思う。目の前にいたのは……
「私はあなたの妻。新木誓です」
「嘘だ! 誓はあの時、力と一緒に死んだはずだ!」
「はい、確かに私は力と一緒に死にました。でも、黄泉の国で私はイザナミ様に認められ生き返らせていただいたの」
「イザナミだと!? 嘘だ! じゃあ力はどうしたんだ!?」
「力はまだ、イザナミ様に尽くしているところです。もう少し気に入られればきっと力も生き返らせてもらえますよ」
イザナミ……
きっとイザナミが俺達に仕組んだ攻撃だ! そうに違いない! 俺の大切な人に姿を変えてやってくるなんて最高に趣味の悪いやつだ!
「悪いがお前を信じることはできない。いきなりこんな場所で出てこられても……」
「それはそうだと思います。悲しいですが……」
「俺は一度帰る……が、お前はまだここにいるか?」
どうしてこんなことを聞いてしまったのだろう。これじゃ「また会えるか?」と聞いているのと同じだ。でも……この声、この体、そして誓と同じ顔をしたこの女性が見せる悲しい顔が、俺の心を貫いてしまった。
「まだここにおります。私はあなたの傍にいたいですから、信じてもらえるまで、ここにいます」
その返事が嘘か本当かは分からないが、俺はまた絶対にここに来てしまうだろう。イザナミの罠だろうが何だろうが関係なく。
俺は踵を返すとそこはもう遺跡の入り口だった。遺跡の奥にいたはずなのに目の前に広がる森林に呆然とする。俺はこの中で一体何をやっていたのだろう……。いや、もし本当にあいつが誓であるのであれば、これは確実にイザナギの攻撃であるのは間違いないのだが……、仲間には言えない……。
外はもう夜になっていた。復興作業を昼に抜け出しているから、かなり長い間遺跡にいたことになる。遺跡で書いたメモ帳を開くと、確かにこの遺跡の中を散策していたことは分かるのだが、何を考えていたのかはもう覚えていなかった。
「イザナギ、さっきまでのこと聞いていたか?」
『あぁ、聞いていた』
「俺の旅はもしかしたらここまでになるかもしれない……」
『あぁ、主殿決めたことなら、我は文句は言わない。しかし、他の者はどうするかはわからないぞ』
「あぁ、そうだな」
俺は、今まで共にした仲間たちとこんな勝手な言い分で放り出してしまっていいのだろうか? みんなは俺のことをどう思うだろうか。いっそこのまま……
『いっそこのまま遺跡で暮らして姿をくらまそうとか言い出していたら我は主殿を見捨てていただろうな』
「……よくあるようなセリフを吐くんじゃねぇよ」
『相変わらず、我に厳しいな』
「お前今、人の心読んだろ」
『主殿の心は我の体の一部だからな』
「ああ、そうだったな……」
イザナギはすべてを分かった上で、俺についてきてくれるようだ。なんだかんだ言って俺達はこの世界で一番付き合いが長い。お互いのことはお互いが一番わかっているのかもしれない。
「お前も、イザナミの名前が出てくると少し感情で動くことがあるな」
『お互い、大変な妻を持ってしまったのかもしれないな』
俺達は一瞬笑い合い町に向けて歩き出した。町に帰ると相沢が一人で剣の稽古をしていた。
「あ。元治、どうしたの? いきなり復興作業から姿をくらましたかと思ったら、こんな夜に……」
「ああ、ちょっとな……」
『佳凛、この男、少し女の匂いが混じっています』
「ツクヨミ、お前喋れるようになって早々喧嘩売ってきやがるな」
『フン! 私は男は好かんのだ! 近寄るんじゃない! しっしっ!』
「それはそうと……」
相沢から黒いオーラが見え始める……なんで? なんでこのオーラ?
「お前はみんなが復興作業に勤しんでいる中、一人女とイチャイチャしていたのか……?」
「してないですよ、先輩」
『間違ってはいない気もしないではない……』
「あ、イザナギてめッ! 嘘だぞ相沢! イチャイチャなんてしていないし!」
「問答無用!!」
向かってきた相沢を俺はギュッと抱きしめる。
「お前……元気付けてくれようとしているだろ?」
「何を!? 放せ!」
相沢が人一倍優しいことも、人の顔色を窺って生きているのも俺は知っている。長いこと一緒にいるんだ。そんな一面も分かってくるさ。自分に自信があるけど、人からどう思われているのか知りたくて仕方がない相沢のことだ。俺に元気がないことくらい顔を見ただけですぐにわかってしまったんだろう。
「俺は大丈夫だから、だからお前は……」
相沢は少し俯いて、それからまっすぐに俺を見つめる。
「お前は……何?」
「人のこと気にしていないで自分をもっと可愛がってあげろよ?」
「? ああ。普段から自分には気を遣っているつもりよ」
「俺のことや、あかねやハジメのこと。よろしくな!」
「なによ……! いつもいつもあかねやハジメのことばかりで!」
え?
相沢は俺を突き飛ばして、距離をとり、怒った表情を向けてきた。
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