第26話 町の中を散策

「で、どうやって話すんだ?」


「……呼吸法があるのよ」


「呼吸法?」


「そう、全神経を耳に集中してこの世界のすべての呼吸を聞くの」


「なんじゃそら? わけわからんぞ?」


「いいから、あたしの言う通りにしてみなさい。まず目を瞑って」


 相沢に言われた通りに集中して耳に全神経を集める。この世に存在するすべての者は生きている。生きているということは呼吸をしているのだ。火には火の呼吸、水には水の呼吸、木には木の呼吸、石には石の呼吸を感じることができるという。


「……俺にはまだ分からないな」


「そう簡単にできるものではないのよ? 私も呼吸という概念が分かるのに半日はかかったわ」


「半日でできるの!?」


「まぁこれは日本古来から伝わる剣道の教えで、この呼吸法というのは感じることができれば切れないものはないと言われるほどの奥義の一つよ」


「剣道か……お前はそういうことに詳しいのか?」


「子供の頃に少しね、でも呼吸をちゃんと感じるように精進しようと思ったのは最近だからね。ツクヨミの力も多少関係していると思うし、ちゃんと理解できるようになったのはほんとについ先日」


「そうか、お前の力でそれなら、俺達には結構厳しいかもな?」


「身体能力的には何も変わらないはずだから、あとは精神の精進ね」


 できるようになるまでは岩石さんとの会話はできないな。


「ねぇねぇ岩石さん、ここでは美味しい食べ物とかってあるんですか?」


「我々はあまり食事をしないからな、そもそも食事という概念がない。悪いが食事は自分達で用意してはもらえないだろうか?」


「そっかーそれじゃあ仕方ないねぇ……まぁいいか! この辺にも猛獣はいるっぽいし」


「それよりお風呂ですよ! この辺りに人族でも入れそうなお風呂はないんですか!?」


「人族が入れるか否かは分からないが、風呂屋には色々な種類の風呂が用意されている。試してみてはいかがかな?」


 何で普通に話せてるのお前ら……。さっきの会話はあかねとニーナである。


「言われた通りにやったら、岩石さんの呼吸しているのを聞き取れて、気付いたら話も分かるようになってたよ?」


「私も一緒です!」


「ご主人様、できないの?」


「マジかよ!? 俺だけできないのかよ!? 相沢なんかコツないの!?」


「コツといってもねぇ……むしろこれだけの説明でできるようになってしまったこの子達がすごいわ……」


 私の苦労は……とか言って少ししょげてしまった。


「俺も聞きたいことあるんだけど、ここに着く前に遺跡のような場所を見つけたんだが、この後に探検してもいいだろうか?」


「……だ。……で……ぞ」


 ちょっと!! ちょっとだけ聞こえたぞ! もう少し集中してやってみよう!


 俺は再び集中して、全神経を耳に預ける。騒がしいはずのこの場所は一気に静かな別う空間にいるかのような感覚になり心地いい……。何も聞こえないはずの耳に僅かな息遣いが聞こえてきたこれは、違う岩石じゃない。周りの木々の呼吸だ。なぜか誰の呼吸なのかがわかる。不思議な感覚だ。相沢やあかね、ハジメやニーナ、みんなの呼吸も感じられる。岩石さんの呼吸は……これだ!!


「モトハル殿!」


「お、聞こえた! やっとお前らの声分かるようになったぜ!」


「いきなり何も反応しなくなったからこちらも心配した。遺跡の件の話は聞こえていたか?」


「悪い、もう一回頼む」


「あの場所は我々にも神聖な場所でな、凶暴な動物の巣窟にもなっているのでできればこっち側から一人護衛につけていただきたい。それでいいなら」


「全然おっけー。じゃあ明日の朝にでも行けますか?」


「明日でいいのか?」


「今日は疲れたし、明るい内に町回ってみたいし、露天風呂に入って酒も飲みたいからねぇ」


「酒とは……?」


「……もしかして、お酒ないですか?」


「お酒とは何ですか?」


 あぁ……そうか、食事という概念がなかったんだったなそれじゃないかもしれない……


 いざというときは麻由美さんに分けてもらおう。麻由美さんはどうやって酒を作りだしているんだ?


「飲むとこう……きゅ~……ってなって、いい気分になる飲み物なんですが……」


「うーん、飲み物はないですが、浴びるとそういう感じになる浴び物がありますが、それと近いものでしょうか?」


 何? 浴び物って。


「ルコの実を潰したあと発酵させまして、数年寝かせると香りが豊かないい液体が出来上がるんです。これを浴びると夢心地のような気分に浸れるんです。岩石族の密かな楽しみですね」


「それ、酒っぽいから後で分けてもらえませんか?」


 たぶん、ていうか確実に酒だろ。発酵させてとか……でも、よかった。日本酒はないかもしれないけど、果実酒はあるっぽい。この際、酒ならなんでもいいや!


「じゃあ今日はこの町で泊まらせてもらいます。宿屋の場所とか聞いてもいいですか?」


「ああ、それなら……」


 この町の中を口頭で適当に説明してもらい、俺達は町に戻っていった。宿屋の場所を全員で確認した後、各自自由行動に移った。


 俺は大蛇丸に事情を伝え、今日はここで泊まることと、麻由美さんにも伝えておいてくれと頼む。夜は町の宿屋で寝るから、お前も明日の夜まで勝手にしていいぞと話す。


「ひゃっほほほほおおおおぉぉおぉーーー!! わしは自由だあああぁぁぁあぁぁ!!」


 といって、すごい速さで動き出していった。そんなに普段から縛ってはいないと思うんだがなぁ。まぁいいか。


 俺は町の中を散策することにした。実は結構発展しており、いろいろな出店があり通貨として物々交換しているなど、ちゃんとした文化が根付いているようだった。


 この世界では見た中で一番発展しているといっても過言ではないな。こいつらならこの世界、元に戻せるんじゃないか?


 アクセサリー屋で石の加工の仕方など教えてもらったり、服屋で裁縫してもらったり、と中々有意義な時間を過ごしていた。最初はどの岩石さんも俺の姿に驚いていたが、少し慣れると普通の客のように扱ってくれた。


 町の一角にはなぜか岩石さん達が群がっているところがあったが、気にしないでおく。なんか誰かを称えまくっている声が聞こえる。知った名前もあった気がしたが、今は自分の時間を大切にする時だ。構ってらんないぜ。


「元治くーん!! 助けてぇぇぇ!!」


 聞こえない聞こえない。


 俺は無視を決め込み颯爽とその場を跳躍して姿を消す。


「岩石さんにも宗教みたいなものがあるのかな……」


 俺は岩石さんが「アマテラス様! アマテラス様!」とあかねを崇めているのが目に入ったが色んな岩石さんがあかねを崇めている様は、異常だった。ハジメじゃないが普通に怖いぜ。


 しかしこの町、楽しすぎるな。普通に歩く岩石さんに化石がくっついたりしているんだ。発掘させてくれと頼んでも、体の一部だからと断られてしまうんだが、いつか掘ってあげたいな。この町を拠点にして動くのもありかもしれないな。俺の趣向全開だが。


 少し早めに宿に帰り、教えてもらった石の加工でアクセサリーを作る。これが意外と面白い。川や岩場で見つけた鉱石を加工するのだが、綺麗な物や完成度の高い物が作れる喜びは発掘で新たなものを発見した時に似ている。新たな趣味として能力を伸ばすのもいいかもしれない。


 ……よし、それじゃあお待ちかねの温泉回にやっと移行しようか、とついに温泉に向けて歩き出す俺であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る