第11話 マガツヒ

「え?」


 おばあちゃん? この人が? 常坂の?


「イザナギ、そんなことある?」


『鉱石の適合者なのであろう? 可能性はある、適合者と近しいものの方がこちらもシンクロしやすいとは思う』


「人間の細胞レベルで適合に向き不向きがあるってこと?」


『そもそも、我々は主らの心を媒体に生きている。人間の心は細胞の違いで良くも悪くもなる。そう考えるとないことはない……とは思う』


「なんか煮え切らないなぁー」


「……サダメばぁちゃんだよね?」


「……」


 巨人の神が居づらそうに顔を下に向けている。やがて大きなため息をついて観念したように常坂の顔をまっすぐ見つめ、薄く笑う。


「あかね……久しぶ」


 常坂は巨人神が言い終わるよりも先に巨人神を抱きしめた。


「おばぁちゃぁぁぁん! うわぁぁぁぁん! もう会えないかと思ったよぉぉぉぉ! うわぁぁぁぁぁん!」


 常坂は本当に小さい子供の用に大声で泣いた。


「知らない内に全部全部変わっちゃってて、お父さんもお母さんも生きてるかわからないって言われて、本当に辛かったんだよぉぉ! おばあちゃんが生きてて嬉しいよぉぉ!」


 今常坂が感じていることを我慢することなくすべて吐き出している。


「もぅ……子供みたいに泣いて……」


「だってだって! 嬉しいんだもん!」


 常坂は一番家族思いだと思う。世界がこんなに変容してしまったとわかった時も、一番最初に自分の心配よりも家族の安否を考えていた。


「さぁ、みなさんもお疲れです。今食事の準備をいたしますので、お休みください。さぁキルト」


 側近っぽいやつに俺達を案内するように指示を出す。その日はちょっとした宴になった。常坂は久しぶりに会った家族と楽しそうに会話をしている。キャンプファイヤーみたいに火をくべて、相沢も巨人族と楽しそうに遊んでいる。大蛇丸と麻由美さんはのんびりしながら酒を飲んで獣肉を頬張っている。


「ご主人様……」


 俺はといえば、ハジメが俺をご主人様と呼ぶようになり交流を深めているところである。


「ハジメって何歳なの?」


「19歳です。ご主人様は?」


「ちょっと待て、19歳なの!? マジかよ……10歳くらいかと思った」


「ぶぅ……です、ご主人様」


「ごめんごめん。で、そのご主人様って何なの?」


「ご主人様はご主人様です」


「説明になってないよハジメ……」


「私はご主人様のことが好きなのでご主人様なのです」


「そっか、まぁ好いてくれるのは嬉しいけど、俺、55歳だからね」


「見た目は20歳です」


「イザナギがいなくなったらまたジジイに戻るんだよ」


「イザナギ様もご主人様も私が守ります。だからずっと20歳です」


「ははっ、そしたらハジメの方が歳とっちゃうな」


「ハっ! 私は鉱石に選ばれないのですか!?」


「さぁ? もう神の気配纏っているから無理なんじゃないの?」


「……ご主人様は私のこと嫌いですか?」


「嫌いじゃないよ?」


「えへっ……よかったです」


 とまぁこんな具合に楽しい夜は過ぎていった。


 深夜も近く、宴も終わりに近づいてきたころ、謎の気配をイザナギが感じた。


『主殿、不穏な気配を感じるぞ!』


「なんだ? 神か?」


『神は神だが、これは邪神だ!』


「邪神?」


『なんとおぞましい! これほどの邪気は感じたことがない!』


 イザナギがここまで危険を感じていることは今までなかった。これは本当にヤバいのかもしれない!


「相沢! 常坂! 麻由美さん! 起きろ! なんか危険が近づいているらしい! 寝ているやつ全員起こしてどっかに非難させろ!」


「え? 何? ヤバいの?」


「イザナギが初めてビビってやがる。たぶんかなりヤバいぞ!」


「ご主人様……」


「ハジメは俺と一緒にいろ! 大丈夫! 絶対守ってやるから! 大蛇丸と約束しているからな!」


「はい」


 非難を始めていると、急に悪寒を感じた。それは、常坂や、相沢、麻由美さんも同じようで、全員が動きを止めている。その瞬間、憎悪に満ちた声が確かに頭の中に響いた。


【我はマガツヒ……この世に生きるすべての生物よ……その命を塵と燃やし魂となり、我に捧げよ】


 突如、空に無数の隕石が降り注いだ。マズい! 範囲が広すぎる! イザナギで全員を守り切れねぇ!


「みんな! 俺の近くにできるだけ来るんだ!」


 俺の声に、みんなできる限り俺の近くに寄る。俺はイザナギをできる限り大きく広げ、隕石を迎え撃とうとする! 常坂が遠くで何かを探していた。


「常坂! 早く来い!」


「サダメばぁちゃんがいないの! 探してくる!」


「おい! 止めろ! 死んじまうぞ!」


「おばぁちゃんも死なせない!」


 隕石はもうすぐ近くまで来ている! あと数秒で衝突するだろう。


「くそっ! イザナギ! いけるな!」


『御意!』


 そして、隕石の衝突と共に周囲は焼け野原に変わる。衝撃に耐えるように両足を踏ん張りイザナギでガードする!


「うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」






 ……静寂が辺りを支配している。俺は耐えきったのだろうか。


「ご主人様……」


「ハ、ハジメ!!」


「ご主人様、大丈夫?」


「俺っ!? 俺なんてどうでもいいんだ! お前は大丈夫か!? 怪我してないのか!?」


「ハジメは大丈夫です」


 ほっと胸をなでおろす。そうだ! 他のやつらはどこいった!?


 辺りを見回すとそこら中に大きな穴が空いていた。


「イザナギ、起きてるか?」


『主殿、すまぬ、まだ力の半分も出せず、被害が大きい』


「謝るな、お前がいなきゃ俺も死んでいた。それより、近くに誰かいないかわかるか?」


『力が戻るまでは分からん、少し待ってもらえるか?』


「いや、そんな時間はないようだ」


 ドクンッ!


 心臓が波打つ音が聞こえた。


【ほう……生きているものがいるのか。あれだけの隕石を耐えきるとはな……お前らも神に選ばれし者か】


 この声、この声だ!


 俺は、頭上から聞こえるその声に反応し、空を見上げる。そこには全身を黒いスーツに身を包んだ紫色の瞳をした青年がいた。褐色の肌をした全身スーツの青年からは黒いオーラのようなものが漂っていた。


「お前……いきなり何してくれてんだよ! 返答次第じゃこの場で殺すぞ」


【威勢がいいな……我はマガツヒ、人間を滅ぼすために生まれた。人間がこの世から消えてなくなるまで我の使命は終わらない】


「イザナギ……こいつもお前から生まれたのか?」


『わからない……しかし、力は我を超えているかもしれない』


「おばぁちゃん! サダメばぁちゃん!」


 常坂! 近くに常坂がいる!


「常坂! いるのか!?」


「元治! サダメばぁちゃんが! あたしをかばって……!」


「何ッ!?」


「血が……! 血が止まんないんだよぅ!!」


 近くまで行き、巨人神の様子を見る。これは……下半身が千切れている。もう死んでいるだろう……。


「あかね……」


「ばぁちゃん!」


「あかね……よくお聞き……私はもうだめだよ。あんたに伝えなくちゃいけないことがあるんだ」


「あきらめないでばぁちゃん! せっかく会えたのに! もういなくなるなんて嫌だよ!」


「あかね……あんたの父親と母親はもう……この世に……いない、あたしは見たんだ、二人の最期を。残酷に、人の手で殺された。あん……なことはもう二度とあっちゃいけない。私はまた家族が元気に暮らす世界に戻したかった。だから……あ……かね……あんたが」


 そこまで言って、サダメは光になって常坂の腕の中で消えていった。


「マガツヒ! こんなことがお前の望むことなのか!?」


【言ったはずだ、すべての人間を滅ぼす。我はそのために生まれたのだ。人間の欲望を食って存在するのがこのマガツヒだ】


「あんたが……」


 常坂が静かに立ち上がりマガツヒを睨む。


「絶対許さない! あたしはばぁちゃんの意思を受け継ぐ! お前の支配を今ここで壊せて見せる!」

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