第9話 神喰いの剣

 死霊達との戦いの翌日、俺とレファンヌはこの街の町長室にいた。テーブルに置かれたカップからは、紅茶の香りが湯気と共に立っていた。


「······ま、街の年間予算の三割?それを支払えと?そ、それは余りに法外ではないかね?


 俺とレファンヌの向いに座る中年の男が、

見るからに動揺していた。男はこの街の町長だった。


 昨夜。倒した死霊達を焼き払い、神父に死者達の祈りを依頼した後、町長が恐る恐る俺達に話しかけて来た。町長は俺達が死霊達を全滅させた事に驚き、そして称賛と感謝を述べた。


 そう言えばあのシャウトとか言う男。神父を呼びに行っている間に姿を消していた。あの傷を負いながら、なんてしぶとい奴だ。


 だが、話はこれだけでは終わらなかった

。ハーガット軍がこの街を再び襲う可能性が高い。


 それを俺達から聞いた町長は血の気を失い、対策の為に俺とレファンヌを呼び寄せたのだ。


 そこでレファンヌが町長に要求したものは、呆れるとしか言い様が無かった。この女、どんだけ強欲なんだ? 


「法外?金なんて、命あっての物でしょう?

私達が昨日居なかったら、この街は全滅していたのよ?」


 レファンヌは長い足を組みながら、強気そのものの口調だ。紅茶の味が気に入らなかったのか、一口飲んでカップを戻した。


「私にこの街を守って欲しかったら、相応の対価を渡しなさい。拒否するなら、私はさっさとこの街を出るわよ」


 金髪の強欲女は、遠慮も呵責も無く最後通告を町長に叩きつける。町長はこの街の責任者として顔を歪め悩んでいた。


 この街の治安を取るか。街の年間予算の三割を奪われ、困難な財政運営を取るか。


「······あの。王都に援軍を要請したらどうでしょうか?」


 俺か控えめに町長に提案した。途端に俺の足に鋭い痛みが走る。目線を下にやると、レファンヌがあの凶器ブーツで俺の足を踏んづけていた。


 い、痛いだろ!


 町長は俺の顔を見て怪訝な表情をした。無理もない。俺は半分死霊だ。死人程では無いが、血色はかなり悪い。


 町長は俺の提案に賛同する事も無く、力なく首を横に振った。


「······それは望めないだろう。王都はそれ処では無いんだ」


 町長の話によると、この国の王は病に伏せており、三人の息子は時期国王を巡って対立していると言う。


 臣下達も三人の王子のいずれかにつくか奔走しており、地方の田舎街に援軍など送る暇は無いと言う。


「······そんな。ハーガットの侵略に国が危ないって時に」


 国王達の権力争いなんて雲の上の話で、ピンとは来なかったが、一般庶民には迷惑な話でしかないと俺は落胆の声を呟く。


「ふん。国王が病に馬鹿息子王子達。この国も先が知れてるわね」


 レファンヌが豊かな金髪をかきあげ言い捨てた。そして町長を追い詰めるように睨む。

町長は歓迎しない二者択一を迫られた。


 町長室を出た俺達は、街の武器屋に向かった。結局レファンヌは、この街の年間予算の二割五分を報酬として受け取る事になった。


 町長の必死の懇願により、三割から若干値引きした形だ。レファンヌに言わせれば、海より深い慈悲による値引きらしい。


 どこが慈悲だこの悪魔。人の足元を見て大金を要求するなんて、悪徳商人そのものじゃないか。


「何か言った?キント」


 俺は無意識の内に小声を出していたらしい

。慌てて首を振ると、俺達は武器屋に到着した。


 中に入ると、カウンターに立つ主人が複雑そうな表情で俺達を見る。仕方無いだろう。

レファンヌは町長にもう一つ要求した。


 この街での宿代。飲食。買い物は全て無料にしろと。街を救った相手とは言え、店を営む人達からしたら、俺達は良客とは言い難いに決まっている。


「キント。好きな武器と防具を選びなさい。

装備くらいマシにならないと、私の盾にならないんだから」


 無料で買える事をいい事に、レファンヌは景気よく、そして自分の都合で物を言う。ったく。本当に勝手な女だな。


 俺は内心悪態をつきながらも、昨夜のシャウトととの戦いで思う所があった。俺は半分とは言え不死の身体だ。


 致命傷さえ避ければ充分だし、全身甲冑となると動きが鈍くなる。俺は俊敏さを重視し

、肩、肘、膝、胸と部分的に鋼の鎧を着ける事にした。


 ふと俺の目に、床に置かれた木箱が見えた

。箱の中には数本の剣が入っており、その中に刀身が黒い剣があった。


 俺は深く考えずにその黒い剣を掴んだ。何だこれ?柄の部分に小さい穴が三つあるぞ。


「お客さん。その箱の中の物は不良品だ。特にその剣は止めておいた方がいい。質流れで何処からか来た呪われた剣だ」


 武器屋の主人が顔をしかめ俺に忠告してくれた。俺は何故かこの黒い剣に惹かれる物があった。


 俺の身体は半分不死。これは、言ってみれば呪われているのとあまり変わらない気がする。


 そんな俺に、この剣はお似合いかも知れない。


「ご主人。この剣に名はあるんですか?」


「······ラークシャサ『神食いの剣』と呼ばれているそうだ」


 主人の説明を聞き、俺は軽くこの剣を振ってみた。長さも重さも、中肉中背の俺にはピッタリだった。


 ハーガットは狂気王と呼ばれている。そんな奴を倒そうとするんだ。神食いの剣と呼ばれる剣は、俺には頼もしい名に聞こえた。


「この剣にします。これを譲って下さい」


 俺の言葉に、主人は驚愕の表情を見せた。

主人は俺を見ていなかった。俺は主人の視線の先を追い後ろを振り返ると、窓の外に死霊の姿が見えた。




 




 

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