第3話 中途半端な死霊

 上空に風が流れたせいか、曇り空から地上に光の筋が数本降りてきた。その陽の光を俺は身体に受けた。


 人間には無くてはならない太陽の光。だが、俺の身体は耐え難い苦痛にさらされた。


「ど、どうしてだ!?俺は人間に戻った筈じゃ無いのか!?」


 俺はすぐさま太陽の光から逃れ、その身を薄雲の下に隠す。その様子を、レファンヌは腕を組みながら見ていた。


「アンタ、筋金入りの欠陥品らしいわね」


 レファンヌは形のいい唇から人の尊厳を侵害する言葉を平気で吐いた。くそっ!この女いちいち腹が立つな。


 でもどう言う事だ?俺は人間に戻って居ないのか?レファンヌは面倒臭そうに俺に説明し始めた。


 狂気王ハーガットは、禁術を用いて大量に死霊を作り出している。その多量な数のせいか、稀に不完全な死霊が出来上がるらしい。


「それがアンタのみたいな中途半端な死霊よ

。ま、大量生産には避けられない事象ね」


 くっ!欠陥品だの中途半端だの。本当に口が悪いなこの女!


 そして不完全な死霊には、人間に戻る機会があると言う。それが治癒魔法をその身に受ける事だ。


 死霊にとっては致命傷を負う治癒魔法。だが、俺のような不完全な死霊には、救いの魔法らしい。


「けど、誰の治癒魔法でもいいって訳じゃないわ。私の様な超一流の魔法使いじゃないとね」


 くっ。口が悪い上に自信過剰気味だなこの女。でも、さっき俺は陽の光を苦痛に感じた

。これは一体?


「アンタ、キントとか言ったわね。アンタの

身体は今、半分人間。半分死霊と言った所よ」


 レファンヌはさらりと言い切った。は、半分人間で半分死霊?け、けど確かにさっき浴びた日光。


 死霊だったら身体が蒸発する所だ。けど、苦痛だけで済んだ。胸に受けた矢の傷も再生している。


 あ、でも傷の治りが死霊の時より遅い気がする。レファンヌの言う通りだとすると、死霊の再生能力が半分になったからか?


 レファンヌが言うには、この先も治癒魔法を受け続ければ人間に戻れる可能性があると言う。


「繰り返すけど、凡百の魔法使いじゃ駄目よ

。私の様な一流じゃないとね」


 レファンヌは薄ら笑いを浮かべて俺を見ている。くそっ!この性悪女!人間に戻りたかったら、助けて下さいって俺に言わせたいのかよ!?


「取引よ。キント」


 レファンヌは短く呟いた。え?今この女、取引って言ったのか?


 レファンヌは続けた。この先、定期的にレファンヌは俺に治癒魔法を施してくれると言う。


 その代わりに、俺はレファンヌの言う通りに行動しなければならない。お、俺に何をさせる気だこの女?


「察しの悪い奴ね。アンタの使い道なんて、盾として使うしか無いに決まってるでしょ」


 た、盾?俺を矢避けの道具として使う気かこの悪魔!?その時、レファンヌは右腕の袖をめくり俺に見せた。


 その腕は白く細い······じゃない!その腕には、さっき迄巻かれていた鎖の跡がくっきりと残っていた。


「キント。アンタのも見たでしょう。私の腕に巻かれていた鎖。この鎖のせいで、私は力を制限されていたの」


 せ、制限?どう言う事だ?レファンヌは忌々しげに話し始めた。レファンヌはある一族の人間だった。


 その一族は魔法を探求し、その発展に生涯を捧げる一族だった。だが、自由を良しとするレファンヌは一族に反発した。


 レファンヌは一族で大問題児だったらしい

。一族の長老達はレファンヌの両腕に鎖を巻いた。


 それは、レファンヌの魔力を制限する戒めだった。使える魔法は治癒魔法のみ。そして

、その鎖を解く方法は一つだけ。


「死霊の涙。それを鎖に落とすのが唯一の方法だったの」


 ······死霊の涙?え?じゃあ、あの非の打ち所が無かったレファンヌの聖女の姿は?


「はぁ?勿論演技よ。アンタに涙を出させる為のね」


 ······演技。あれ全部?あの演技に俺は心から感動し涙したのか?


 ······酷い。酷すぎるぞこの女!人の、人の気持ちを何だと思っているんだ!!


「でも鎖は片方しか砕け無かった。お陰で私の魔力は半分しか戻ってないの」


 レファンヌが左腕の袖をめくり、腕に巻かれた鎖を殺意がこもったような目で睨む。待てよ?まさか、俺を使う理由って盾以外にあるのか?


「そうよキント。アンタにはもう一度泣いて貰う。そしてこの鎖に涙を落として貰うわ」


 いや無理。絶対に無理だろそれ。お前みたいな悪魔に涙する事なんて、この先天地がひっくり返ってもあり得ないぞ。


「キント。その中途半端な不死の身体。私が上手に使ってあげるわ」


 聖女の皮を脱ぎ捨てた金髪の悪魔は、不敵な笑みを浮かべて俺を見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る