第4話 人間らしき行為
荒れた道から行路に移り、俺は街を目指して歩いていた。俺の目の前には、白い法衣を纏った金髪の女が歩いている。
「ちょっとキント!それ以上私に近づかないでよ。アンタの身体臭いったらないわ」
レファンヌが鼻をつまみながら俺を睨んだ
。くっ!好きで臭い訳じゃないんだよ!死霊になってから入浴なんてする筈も無く、俺の身体は確かに臭かった。
しかも着ている衣服はボロボロ。取り敢えず街を目指し、そこで俺の消毒を行うとレファンヌは言った。
······消毒って。他に言い方が無いのかこの女!あれ?でもこの女魔法使いなら、移動呪文とか使えないのか?
「勿論あるわよ。風の呪文ってヤツがね。でも全身異臭のアンタと一緒に飛ぶなんて絶対に無理」
レファンヌは異臭を振り払うかのように手のひらをふった。くそっ!人間に戻れるか、こんな悪魔に委ねなくてはならないなんて!
俺は怒りを力に変えて、歩く速度を上げた
。そうして半日程歩くと、小さな街が見えた
。
時刻は夕暮れ時。丁度街の門が閉められる時だった。俺とレファンヌは二階建ての宿屋に入り、俺は即刻入浴を命じられた。
沸かした湯を浴槽に張り、俺は丹念に血と泥がこびり付いた身体を洗って行く。そして浴槽に入ると、全身が湯の熱に包まれ俺は恍惚の声を出した。
······風呂ってこんなにも気持ち良いものだったかな。ささやかや幸福感に浸り、俺は入浴を済ました。
レファンヌの部屋のドアをノックすると、
金髪の悪魔が顔を出した。レファンヌも入浴を済ましたらしく、石鹸のいい香りが彼女から香って来た。
水気を含んだ重そうな金髪。美しい顔に均整のとれた肢体。もしこの女の内面を知らなかったら、俺は間違いなく見惚れていただろう。
「······まあ、最低限の汚れは落としたみたい
ね」
レファンヌは俺の肩周辺を匂い、失礼な及第点を俺にくれた。彼女は白い法衣から赤いシャツと七歩丈のズボンに着替えていた。
俺も予め服屋で購入しておいた新しいシャツとズボン姿だ。レファンヌは食事に行くと言って廊下を歩き始めた。
この宿屋に併設されている食堂に俺達は移動した。夕食時で混み合っており、運良く空いていたテーブルに俺達は座る。
······俺の着ているこの服に宿屋と食事代。無一文の俺は、レファンヌに全部払って貰っている。なんだが物凄く肩身が狭い。
「······レファンヌ。その。色々払って貰って申し訳ない」
「気にしないで。私にとっては力を取り戻す為の先行投資みたいなモンよ。あ、でも私に感謝しているなら、今すぐ泣いて貰っても構わないわよ」
一番先に注文した葡萄酒を勢いよく煽り、レファンヌは人の悪い笑みを俺に見せた。
くそ。力関係的に何も言い返せない。
そうしていると、店員が料理を運んで来た
。テーブルの上には雑穀パン。ジャガイモと玉ねぎのバター炒め。鶏肉の香草焼き。キノコスープが置かれた。
俺の舌の奥に、急激に唾液が集まってきた
。同時に腹が空腹の音を盛大に鳴らす。料理の皿から立ち込める匂いに、俺は口から溢れそうなよだれを必死に抑えた。
「キント。アンタ久しぶりの人間の食事でしょ。ま、味わって食べなさいよ」
金主から許可が降り、俺はスープを一口飲んだ。熱い液体は口から舌を通り、喉の下に落ちていく。
食べ物を口にしたのは、一体いつ以来だろうか。忘れていた味覚。空腹。そして胃の中を満たす食物。
人間を人間たらしめるあらゆる感覚。その中でも食事という行為は、本能的であり原始的だ。
余りの美味しさに、俺は感動の涙を流した
。
ガシャン。
テーブルの上の皿が揺れる音がした。俺の前に座っていた筈のレファンヌが、身を乗り出し俺の頰に鎖を押し付ける。
レファンヌは期待を込めた視線で自分の左腕に巻かれた鎖を見つめる。だが、彼女の表情は直ぐに失望に変わる。
「くそっ!鎖が砕けないわ。やっぱり感謝の涙じゃないと駄目なの!?」
レファンヌは吐き捨てる様に叫んだ。そうだ。この女は自分の戒めを解く為に、俺の涙を必要としているんだった。
久方ぶりの食事を中断された俺の視線の端に、誰かが立っていた。それは長身の男だった。
レファンヌと同じ様な白い法衣を着ているその男は、自然な動きでレファンヌの隣に座った。
「やあ。レファンヌ。久しぶりだね。元気だった?」
男は長い黒髪を後ろで束ね、人懐っこい笑顔でレファンヌに話しかけた。年齢は二十歳ぐらいだろうか。とても秀麗な顔をした男だった。
「白々しいわよ。私をずっと監視しておいて
。姿を見せたって事は、やっと監視役が交代なの?カミング」
レファンヌは葡萄酒を飲みながら、冷たい視線で男を一瞥する。カミングと呼ばれた男は微笑を崩さない。
「レファンヌ。君の戒めも半分解けたみたいだからね。伝えに来たんだ。一族の決定を」
レファンヌは冷たい表情のまま、カミングの言葉を促した。
「一族は狂気王ハーガットとの和解の道を閉ざした。始まるよ。奴等との全面戦争が」
カミングは微笑みを絶やさず物騒な言葉を呟いた。俺は口にした久しぶりのパンの味を、この時味わう事を忘れていた。
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