第42話
頭も心もふわふわしている。
昨夜のことは夢の中の出来事のようであまりハッキリしない。「山田さん、落ち着いて」と美香に何度もたしなめられた事と、優しくリードされたことを断片的に思い出す。幸福感と気持ち良さで息が止まる。終始、白目だった僕を気持ち悪がらずに受け入れてくれる美香は女神のような人だった。コンドームはきっちり2つとも消費していた。
僕達はスイート専用ラウンジで朝食を済ませ、チェックアウトぎりぎりまで部屋で甘い時を過ごした。コンドームを一箱持って来なかったことが悔やまれる。もうそろそろ10時だ。名残惜しいけど、行かなくては。エレベーターでロビーに降り立つと、どこからか綺麗なピアノの旋律が聞こえてきた。
「あっ、結婚式だよ!」
美香は音のする方へ歩きだした。
昨日、僕達がスイーツビュッフェで利用したラウンジで人前式が行われていた。ラウンジは広く100席以上あり、中央にはグランドピアノが設置されている。旋律はここからだった。他にも奥に人工の滝があったり、テラスではガーデンパーティが準備されているようだった。
「素敵ね」
羨望の眼差しで呟く美香。
もしかして、ここまで全部折り込み済み?結婚アピール?違うよね?たまたまだよね?
そう言えば、最初に美香がこのホテルのビュッフェに行きたいと言った時、なんだかモジモジしていた───関係ないよね?
ソファに美香を残して、僕はフロントで会計を済ませた。
諸々込みで148000円───
惜しくない。それどころか安いもんだ。
僕の昨夜の体験はプライスレスだ。
間違いなく人生最良の日だった。
誇らしい気持ちでソファに戻り、美香の隣に座って結婚式を眺める。他人の結婚式なのに、なんだか感動的だった。僕達にもいつかこんな日が来るんだろうか?来ればいいな。いや、来させてみせる。
もう、僕には美香しか考えられないから。
翌週、僕は美香をリツに合わせた。
いつもの料亭で待ち合わせてランチ。
「なつかしー。久しぶりだなぁ」
リツが意味深にニヤニヤする。絶対に花さんの話題は出すなと何度も釘を刺しておいたけど、信用ならない。
「こんにちは」
襖が開いて、美香が入って来た。
「初めまして、美香です」
「初めまして、弟のリツです」
「いい女じゃね?」リツが小声で囁く。
僕は無言で押し返す。あれ?なんかデジャブ?リツを見た美香の顔が一瞬華やいだのを僕は見逃さなかった。いつもそうだ。リツはイケメンだからね。いいさ。慣れっこだ。
リツと美香は年が近いのもあって話は弾み、リツは約束通り花さんのことには触れなかった。良かったー。
「可愛い彼女でびっくりしたよ。兄貴、いつからそんなヤるようになったの?」
「俺はヤるときゃヤる男だよ。知らなかったのか?」ドヤ顔。
「知らん知らん。見たことねーわ。何だよ自分だけ幸せでさー。いつになったら藤木さんの家に行けんの?」
「あ、ごめん……」
あの日から一週間、仕事も手につかないくらい浮わついていた僕は、すっかり忘れていた。帰って藤木さんに確認とらなくちゃ。
「都合のいい日は?」
「最優先だからいつでもok」
リツはそう言うと仕事に戻って行った。
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