第40話

あれから僕はジントニックばかり5杯も飲んだけど全然酔えなかった。美香はワインを飲んで程よくいい気持ちになっているようだ。Barを後にして、エレベーターを待っている時だった。


「Barも素敵だったね。お部屋はどんな感じかな? ちょっと見てみたいな」


そそそそそれはどういうことかな?!

突然の発言に思わずのけ反る。


大胆な発言とは裏腹に、美香は耳まで赤くなっていた。酔いのせいだけではないようだ。

そんなに赤くなってるってことは、誘っているということ──

だよね!? そうだよね!? 間違いないよね!?

美香って肉食系だったの?!

とにかく、ここは彼女に恥をかかせちゃいけない。


「そそそそうだね、部屋空いてるかな?」


どもってしまったが、なんとか答えた。

はっ! ま、まさか……それも予約済!?


「……フロントで聞いてみようか?」恐る恐るお伺いを立てる。


「うん」


美香は小さく頷いた。予約はしていないようだ。

なんだかちょっとホッとした。




フロントで確認すると、セミスイートしか空いていないと言われた。週末だもんね……

一泊13万です……(涙

いやっ、貯金はまた出来るけど今夜は一度きりだ! ここで「セミスイートしか空いてないから無理」なんてカッコ悪いこと言えるわけない。Barでいいとこ見せれなかったから、ここは名誉挽回だろ!?


「じゃ、セミスイートで」


そう澄まして言うと、震える指でキーを受け取った。




ロビーで待っている美香に


「じゃ、行こうか」とカッコ良く声をかけた。


「うん」と小さく答えて僕の後に付いてくる。


今、山田史上最高にカッコ良かったと思う。

そしてこのまま僕は卒業するのだろうか?

いろんなことが走馬灯のように駆け巡る……

男子校の修学旅行の夜、誰も彼女が居ないのに妄想彼女の話で朝まで盛り上がったこと。

女子高生の登校時間に合わせて1時間も早い電車に毎朝乗っていたのに、一切出会いは無かったこと。その後も女性とは縁が無かった。そして35歳の夏、花さんと出会った。花さんは僕の凍てついた心の扉を無償の愛で溶かし、開いてくれた。

しかし本当に今夜卒業出来るのか?

もし、経験が無いことがバレたら?

嫌われる? 笑われる? シラケて帰る?

だ、大丈夫か山田……彼女を満足させられるのか!? AVは散々見てきたけど、本当にあんなことしていいのか? なんか違う気がする。ど、どうする……?

まんじりと脂汗を流していると、黙って夜景を眺めていた美香がハッと気付いて言った。


「20階って、もしかしてスイートルーム?」


「ああ、そうだよ。週末だから、セミスイートしか空いてなかったんだ」


僕はカッコつけずに正直に言った。


「ご、ごめんなさい! 私がワガママ言ったから……。また今度にすれば良かった」


美香は申し訳なさそうに小さくなって頭を下げた。


「大丈夫だよ。僕も今夜は美香と一緒にいたいから……」


え? 今、誰が言った? こんなに甘いセリフを? 僕が?

やっぱり酔っているのかもしれない。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る