第34話

「はじめまして、リツです」


「はじめまして、藤木です。よろしくお願いします」


 お互いがっちり握手を交わした瞬間、僕にはゴングの音が聞こえた。


 ついに始まったイケメン対決。

 ガラス張りのミーティングルームでリツと藤木さんが話している。その近くのデスクを僕は朝から陣取っていた。話は聞こえないが、何かあれば分かるだろう。仕事をしながらさりげなく伺う。正確には仕事は手についていないケド。


 昨晩は案の定、リツは遅くに酔っぱらって帰った。話はしたのだけれど……

 あいつの「心配するな」ほど心配なことはない。余計なことだけは言ってくれるなよ!

 リツはうちの会社に出資を申し出るつもりでいると言っていた。うちは親会社のグループ傘下ではあるけれども、わりと自由な身であるらしい。リツの申し出を受けるかどうかも代表に一任されている。買収はダメだけど。それに、リツはロサンゼルスでベンチャーのコンサルタントとして実績がある。会社としてはコンサルタントに付いて貰えるだけでも有難い。断る理由はないだろう。


 1時間ほど経った頃、藤木さんが驚いたような表情でこちらを見た。

 嫌な── 予感が ──する。


「では、よろしくお願いします」


 リツが出てきた。


「じゃね、アニキ」


 僕はリツを引っ張って外に出だ。


「何言ったの!?」


「僕も奥さんにお会いしたことがありますって」


「言うなっつったろ!」


 あーやっぱりだ、やっぱり。終わった。もう終わりだ。


「あのさぁ、こういうことは最初に正直に言っとかないと、後で分かったりしたら信用なくなるだろ。ビジネスでは常識だよ」


「会ったことがあるだけ?」


「会いたいから、自宅に行きたいって」


「……やっぱり」


「藤木さん、いいって言ってたよ」


「当たり前だろ。それ、パワハラだかんな」


「花さん、さくらって名前なんだ」


「そうだよ。子供が4人いて、うちの代表の奥さんで、僕はそこの社員。頼むから余計なことはしないでくれ」


「心配すんなよ」


 コイツの心配するなは『聞く耳持たない』と同義だ。





 来週あたりでよろしく。

 そう言い残してリツは帰って行った。

 振り向くと、ガラスのドアに張り付いた藤木さんが、捨てられた子犬のような瞳でこちらを見つめている。

 思わず前へ向き直る。

 背中に視線が突き刺さる。

 あぁ……オフィスに戻りたくない……



 子犬のような藤木さんに見つめられながら、オフィスのドアを開ける。


「山田くん……」


「はい……」


「リツくんも、さくらに会ってたの?」


 藤木さんの眉毛が綺麗なハの字になってる。


「はい……黙っていてすみませんでした」


「山田くんはともかく、リツくんみたいなイケメンと会ってたなんて……複雑だなぁ」


 僕も複雑です……


「さくらに会いたいって言ってたから、予定立てて連絡して。キミも来てね」


「わ、わかりました」行きたくない。


 うなだれるように背を向け、片手を上げて去っていく藤木さん。ほんとごめんなさい。


 でもどうしよう……嫌な予感しかしない。

 そうだ、佐藤さんに相談しよ。

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