第33話
「おはようございます」
「あぁ、おはよう」
「あの、藤木さん、ちょっとお話したいことがありまして……。今日、お時間ありますか?」
「そうだな、午後なら大丈夫だと思うけど、どうしたの?」
「たいしたことではないんです。では午後、宜しくお願いします」
あー! どうしよう。リツが帰ってくる。
もう代表と面会することは決まっているらしい。
それまでにリツが弟だってこと話したほうがいいよなぁ。黙ってるのも変だし……。
花さんとのこと、聞かれたらどうしよう。
実際、リツと花さんがどうなったのかオレはよく知らないまんまだし……
はぁ……気が重い……
彼女からLINEが入った。彼女とは付き合ってまだ数ヶ月。未だにLINEや電話がくるとドキドキしてしまう。
『お昼いつものところで待ってるね』
了解のスタンプを返す僕の目尻は恥ずかしいくらい垂れ下がっているだろう。誰にも見られないようにこそこそと返信する。
彼女の美香は僕の前の職場にいる。部署が違っていたので彼女のことは知ってはいたけれど話したことはほとんどなかった。転職してから、偶然街で出会って声を掛けられたのがキッカケだ。
お昼になり、待ち合わせ場所のあの料亭へ向かう。襖を開けると彼女がもう座っていて、ランチ懐石が並べられていた。
「リツが戻ってくるんだ」
「弟さん?挨拶したいな」
「そうだね。一緒にランチでもしようか」
「なんか、あんまり嬉しそうじゃないね。弟さんと仲悪いの?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど…」
「?」
「仕事の事でちょっと……」
今日、リツが帰ってくる。
とにかく、花さんのことは絶対に話さないと誓ってもらわなければ、僕はすべてを失うかもしれない。
いつもは美味しい鴨肉が砂に変わった。
昼休憩が終わり、藤木さんの部屋の前まで来た。
よしっ、山田、行きます!
「お時間いただいてありがとうございます」
「あぁ、話って何?」
「実は……明日、面会予定のリツという人なんですが……」
「うん」
「僕の弟なんです」
「そうなの!? それでかー!」
それではないんですー。
「急に話が来て調べてみたら、すごく有能な人みたいだし、なんでうちに話が来たのかな?って騙されてるのかって、ちょっと疑ってたんだよね。山田くんの弟さんだから来てくれるんだね」
だからそうではないんですー。
「どうぞよろしくお願いいたします」
頭を下げると、冷や汗が滴った。
ああ、面会が終わるまで生きた心地がしないよ。
はー、やりづらい。
リツにはとにかく花さんのことには一切触れないように釘を刺しておかないと……。
あーやっぱり花さんのこと、言わないほうが良かったな。なんで言っちゃったんだろ……
美香からLINEが来て、一気に癒される。
みかぁ、たすけてー!
「弟さんと会える日がわかったら連絡お願いします」
了解のスタンプを返してため息をつく。そうだ、それも問題なんだよなぁ。
美香にも知られたくない。もちろん美香にも過去はあるだろうけど、知りたくはない。美香だって知りたくもないだろう。
家に帰ってリツを待っているけど、帰って来ない……
一度、戻った形跡はあるけど、どこかへ出掛けたようだ。まぁ、久しぶりの日本だし仲間と飲んでるんだろう。帰って来ても話出来るかな?
あー……不安しかない……
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