第32話
久しぶりにリツにLINEを送る。
「花さんに会ったよ」
あっちは今、夜中だ。まさかとは思うけど……
すぐに電話が来た。 さすがのレスポンス。今を生き抜くビジネスマンですからね。
「どういうこと?」
「うちの会社の代表の奥さんだった。自宅に招待されたんだ。そしたら花さんがいた」
「……」
だよね、黙っちゃうよね。
「元気だったよ。リツはどうしてるか聞かれたから、海外で元気にしてるって言った」
「アニキ、転職したんだよね。ベンチャー?」
「うん」
「名前は?」
「Force」
キーボードを叩く音が微かに聞こえる。なんか嫌な予感がするな………。
「分かった。また連絡するわ」
「ちょ、お前何するつもり?」
「ちょっと調べて考える」
考えるってどゆこと?
「買収はやめろよ!」
「たぶん無い。コンサルかな」
なに勝手なこと言ってんだよ!
「やめてくれよ! バレたらどうすんだよ! オレ、やっと居場所が出来たのに……」
「悪いようにはしないから」
でたよ、詐欺師の常套句。
「そのセリフ、悪いヤツしか言わないよ」
「大丈夫だよ。そっちだってまだ立ち上げて浅いんだろ?うまく軌道に乗せないと、花さんが困んだよ?」
「そうだけど……」
「近々そっち行くわ」
「不安しかない……」
「心配すんなって」
それが一番心配な言葉です。
◆◆◆☆☆☆◆◆◆☆☆☆◆◆◆☆☆☆◆◆
花さんに──
また会える。
そんな日が来るとは思わなかった。
喪失感をやっと飼い慣らし、傷も癒えだしたところだった。
あれ以来、特定の誰かと付き合うことはなかった。
デートはしても本気にはなれなかった。
そんなことが続くと、花さんが特別だったということを再確認せざるを得ない。
それまでは利害関係や肉体関係が付き合う上でかなりのウエイトを占めていたけれど、今は違う。俺だって相手をぞんざいに扱ってきた。同じなんだ。相手がこうだからって、相手のせいにせず、自分が変われば良かったんだ。だけど変わり方が分からなかった。それを花さんは教えてくれた。
一緒にいると心が安らぐ。何もしなくても抱き合うだけで満たされる。手を繋いで眠ることが出来たなら、どれほど幸せだろう──
あの時は焦っていて、とにかく花さんを自分のモノにしたかった。結ばれればそうなると信じていた。でも違うんだ。人の心はそんなところには無い。
モノの見方が変わった。
仕事でも、今までは利益最優先で動いていたが、今はその製品が作られた背景に思いを馳せる。ほとんどの製品はそれを使う人への「愛」から生まれる。そういうモノでないと、愛されない。使い続けられないんだ。モノづくりとは、そういうことなんだと気がついた。そうすると、世の中の見方も変わってくる。俺は、以前の俺とは違っている。
花さんはヒトノモノだ。
しかもアニキの会社の代表の奥さん。
だからまた会えるかもしれないことは嬉しいが、絶対にどうにも出来ない関係になった。
けれど──
側に居たい。
それだけでいい。
彼女の側で、彼女の幸せを守れるなら……きっとそれが、今の俺にできる最大の愛情表現だ。
PCに保存してあった海に行った時の動画を初めて見る。
ずっと見れなかった動画。
そこに、あの日の花さんがいる──
俺、本当にどうしちゃったんだろうか?
切なくて動画が見れないなんて、いい年して恥ずかしい。自分でもおかしいと思うけど、どうにもならない。忘れたくて日本を飛び出した。向こうで仕事がしてみたいなんて言い訳だった。LAに移ったばかりのころは夕陽を見る度に涙が溢れた。そんな自分は初めてで、気を紛らわすためにがむしゃらに仕事をこなした。人を想う気持ちは、自分でもどうにも出来ないんだ。理屈や常識なんて何の役にも立たない。
また花さんに会える──。
忘れなくていい。そう思うだけで、心が翼を広げる。
今すぐにでも日本へ飛んで帰りたい。
想いは一瞬で甦る。
この動画のように鮮やかに
あの日のままだ。
翌月には日本へ戻るよう調整できた。
羽田に降り立つのは久しぶりだ。
この日本に花さんがいると思うだけで、胸がじんわり温かくなる。
人を介してフジキに接触し、あくまでビジネスとして話を進めてきた。企業として悪くないし、なにより最高のコンサルをするつもりだ。業界トップを狙う。準備はしっかりしてきた。花さんを忘れる為にがむしゃらにやってきたことが、ここで役に立つなんて。
必ず口説き落とす。
下心って、最強のモチベーションだな。
「ただいま」
「おぅ、おかえり」
少し小さくなった親父が迎えてくれた。
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