第31話


「えっ! 山田さん!?」


 ─────────────夢? かな。


「花さん? って誰? 知り合いなの?」


 藤本さんが驚いて聞き返す。夢じゃないみたい。なんて答えるのが正解? てか、どういうこと? こっちのが聞きたい。


「花はレンタルの時の名前なの。山田さんはお客様で……」


「えっ、もしかしてあのランチするって人?」


「そうなの」


 えーーーーーーーーっ‼ あっさり白状しちゃってるけど大丈夫なのか?

 うっかり花さんの自宅へ来てしまった……

 しかも……社長の奥さんだったなんて……

 ど、何処まで知ってるんだろう……

 真っ白になった僕に藤木さんが促した。


「まぁ、上がりなよ」


 え? なんでそんなサラッと?

 こ、殺される………よね?



 ◆◆◆◆☆☆☆☆◆◆◆◆◆☆☆☆☆☆



「うん、これウマイ!」


 藤木さんが声をかけると、カウンターの奥にいる花さんがVサインで応えた。


「さくらさんの料理、ほんとウマイ」


 佐藤さんはこれ以上ないほど頬張って、満足そうに笑っている。いいですね、僕には味がしませんよ。


 さくらさんって言うんだ……

 目の前の花さんは、藤木さんの妻であり、子供達の母親だった。

 あのプラネタリウムでキスをした花さんは居なかった。


「山田くん、さくらと何かあったの?」


 ぐわしっ


 酔った藤木さんがニヤリと笑いながら僕の心臓を鷲掴みにした。死ぬる……


「いやいやいやいやいや、そそそそそんな……」


「それは何かありましたって答えだね」


「ありません! ありませんよ!」


 佐藤さんもニヤニヤしながら、花さんに向かってとんでもない事を言った。


「また悪い癖が出ちゃったね」


 花さんが料理を運んで来てくれた。


「何のことかしら?」


 ふふっと花さんまで意味深に笑う。

 藤木さんが僕の襟首を掴み、鼻先に触れそうなくらい顔を近づけて言った。


「これ以上はダメだからね」


 瞳の奥が冷たく光る。


「は、はい……」


 ちょっとチビってしまった。



 ◆◆◆◆☆☆☆☆☆◆◆◆◆◆◆☆☆☆☆☆




 随分飲んだ。二人はホントに酒が強いなぁ。僕なんて全然ついていけません。

 少し涼みに庭へ出ると、花さんが草木を愛でていた。


「花さん」


「山田さん」


「私のこと、ご存知だったんですか?」


 少しはにかむように笑う。ああ、変わらないな。やっぱり花さんだ。


「いえ……知ってたら怖くて来れません」


「内緒にしてくださいね」


 人差し指を口に当てて、悪戯っぽく微笑む。変わらず可愛い人だ。プラネタリウムの花さんがそこには居た。


「も、もちろんです。元気そうで良かったです」


「山田さんも」


 そうだ、僕には報告することがある。


「実は僕、彼女ができました」


「ホントに!おめでとうございます!」


「ありがとうございます。花さんのおかげです。花さんが僕に自信を持たせてくれたから」


「私は何も……」


「体を張って教えてくれました」


「しーっ!」


 肩をすくめて、唇に指をあてる。聞かれていたら即死だった。危ない……。


「リツさんは元気ですか?」


「はい。あれからずっと海外で……」


「海外?」


 花さん、本当にリツとも連絡はとっていないんだな。


「はい、仕事で。しばらく帰らないみたいです」


「リツさんって、何をされてる方なんですか?」


「僕もはっきり分からないんですが、投資でも、お金を出すだけじゃなくて、コンサルとか、ベンチャーキャピタルとか、買収して大きくして売却するとか…そんな感じみたいです」


「やっぱりすごい方なんですね。連絡はされてるんですか?」


「はい、たまに。花さんのこと言ったらビックリするだろうなー」


「ほんとですね」

 花さんはふんわりと笑った。



 少し風が冷たく

 火照った頬に心地よい。

 月が綺麗な夜だった。

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