第16話
濃密な時間が流れる──
はっ……はふん
もう少し、もう少しで……
ふいに目元のタオルを取り上げられ、そっと瞼を開くと、リュウジの瞳が間近に迫っていた。
「……っ」ドキドキしちゃう。
紅潮した頬を両手で包まれる。
「ふふっ、今日はこのくらいにしようか。キスは我慢してあげる。誰にも内緒だよ?」
キスされていたら堪えきれなかったかもしれない。
密着していた体が離れると、お互いの熱で湿った衣服が冷えて我に返る。
ふらふらと促されるまま受付へ行くと、花がお茶を飲んで待っていた。
「えぇ! 山田さん?! 素敵!」
「あっ、はは……」なんだか花と目が合わせられない。
「山田さん、すごくお似合いですよ」
「あ、ありがとうございます」
なんだか自分じゃないみたいで気恥ずかしい。髪型一つでこんなにも変わるものなのか。
「ありがとうございました。またお待ちしております」
意味深な笑みを浮かべ、リュウジは頭を下げた。
タクシーで移動中、花が山田のスマホで写真を撮ってリツに送信した。
『いいよ!美容師さん上手だね』
リツに花の画像を要求されたのでネイルの画像を送った。
『爪……』
リツに紹介されたショップに到着。中へ入るとすぐにスタッフに声を掛けられた。
「山田様でいらっしゃいますね?」
「あ、はい。リツに紹介されて来ました」
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
奥の部屋へ通され、お茶が出される。
「リツさんから山田様の画像を見せていただいて、あらかじめスタイリングさせていただきました」
何パターンか用意されていて、モデルのように次々フィッティングしていく。審査員の花は「○」「まぁまぁ」などコメントして、良いものを振り分けていき、最終的に残った3セットを購入することにした。
いったいいくらするんだろう…
貯金を全額叩くつもりで、震える指でガードを出した。すると、キャッシュトレーに一枚のメモが置かれていた。
『お代はリツさんから頂いております』
スタッフは静かに微笑むとメモをしまい、ガードを山田に返した。
「お包みいたしますので、お茶を召し上がってお待ちください」
山田は花の待つテーブルに着き、一緒にコーヒーを飲んだ。とにかく、帰ったらリツに連絡しよう。
「ありがとうございました」
大きな紙袋を持って店を出る。着てきた服は処分してもらった。ユニ○ロ以外で洋服を買うのは初めてだ。
「山田さん、すごく素敵ですよ!」
「あ、なんか、照れ臭いなぁ…」
ショーウィンドウに映る姿は自分ではないようだ。
「やっぱりイケメンだったでしょ?」
「は、はぁ……」
なんだかこそばゆいけれど、心地よい。この日は花といつもの料亭以外でランチをした。
初めてのことだらけで疲れ果てた山田は、半休じゃなくて休みにしておいて良かったと思った。ありがとう親父。
◆◆◆◆◆☆☆☆☆☆◆◆◆◆◆☆☆☆
家に着くと、リツにLINEした。
『金払うよ』
『おー、どうだった?』
『良かったよ。ありがとう。いくらだった?』
『いいよ。ユニ○ロの30倍くらいするから』
『兄としてのプライドが……』
『あったのか』
『今日は無い』
『笑』
『なんか、ありがとうございましたぁ!』
『むかつくw』
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