第17話
ある日のデパート
山田がハンカチ売り場でウロウロしている。どう見ても不審者だ……
花に借りたハンカチは新しいものを買って返せば以前のハンカチは自分のものに出来るのではないか──そんな奇跡の閃きに導かれ買いに来たのはいいものの、女性へのプレゼントなんて初めてである。どんなものがいいのか全く分からない上に、自分の浮き具合があからさまで汗が止まらない。挙動不審が増して限界を感じた時、声をかけられた。
「アニキ? 何やってんの?」
「あっ、アレ? リツ? なんで?」
「仕事だよ」
「え? こういうとこで仕事なんだ」
リツの仕事はよく分からないけどコンサルタントもしているようで、売り場の視察なんだろうか? バリッとスーツを着こなしていて、ますます兄弟間格差がヒドイ。リツが小声で「アニキ」と呼ぶのがなんか傷つく。
「アニキは? 買い物?」
「あぁ、例の借りたハンカチ、買って返そうかなって……」
「そうだね、気持ち悪いもんね」
「ズバリ言うなよ……」
「それにするの?」
手にしているハンカチを見せる。淡いラベンダー色の薄い生地にスカラップレースがほどこされている。あの映画のヒロインが着ていたワンピースと同じ色だ。
「ど、どうかな?」
「いいんじゃない? 清楚っぽくて」
◆◆◆◆◆☆☆☆☆☆◆◆◆◆☆☆☆☆☆
デパートでのことを思い出しながら、リツはカフェでランチをとっていた。あのサンドとレモネードがテーブルにのっている。
時計を見る。
火曜日正午。
花は山田とランチの時間。
海で花が持っていたハンカチのことを思い返す。やっぱりあのハンカチだ。
今までそんなこと気に止めたこともなかった。
一緒にいる相手が他の男を匂わせるようなことはなかったし、あったとしても気付かなかった。というかどうでもよかった。リツに群がる女はだいたい同じタイプで、リツの顔と金が好きだった。そのことをリツは受け入れていた。そもそも、来る女がみんなそうだからそういうものだと思っていた。
女には不自由したことがない。
常に複数と付き合う。
それがリツのスタンダードだった。
目を閉じ、椅子に体を預けると自然とため息が漏れる。
兄貴には彼女が出来ればいいとは思うが、花さんは人妻だ。
いや、それは建前だな。アニキには渡したくない──
気がつくと、いつも気持ちを持っていかれている。似たような人を見かけると、つい目で追ってしまう。俺、どうしたんだろう。こんなこと今まで無かったのに。
相手が今頃なにをしているのかなんて、考えたこともなかった。女たちは聞かなくても自から逐一snsで報告してくるものだ。それに目を通さなかったり返信しないと怒る。面倒だからテキトーに『いいね』『そうだね』『愛してる』と返信すれば平和に過ごせた。俺でなくてもそういう返信を自動でしてくれるbotでいいじゃないか。開発をしてみようかと考えたこともある。需要はあるはずだ。
そんな付き合いばかりだった。お互い相手のことなんてお構いナシで、自分の欲求さえ満たしてくれればそれでいい。だけど、花さんは違う。花さんのことが知りたい。どんなことが好きで、振り向かせるにはどうすればいいのか……
「リツちゃん、どうしたの?」
オネェのカフェマスターが声をかける。
「ナヤミゴト」
「やだぁ、セクシー❤」
「セクシーなの?」
「悩める美青年なんて、 女子にはど真ん中でしょ」
「そうか、その手でいくか」
「あら、ターゲットは誰なの? アタシ!?」
「残念、今回は違う!」
「あーん、次回待ってる❤」
マスターがひとさし指にキスをして投げた。
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