第14話
火曜日正午、いつもの料亭で向かい合う山田と花。無言で食べる。山田からどす黒い何かが漂ってくる。なんだか気まずい。
「……なんか……怒ってます?」
「い、いえ……」
怒ってはいない。激しく嫉妬している。
「海に行ったの、ダメでしたか?」
無言で首を振る。ダメではない。激しく嫉妬している。
「た……楽しかったですか?」
俯いたまま尋ねる。花の顔を見れない。
やっと発した言葉は少しかすれていた。一番聞きたくない事をどうして聞く?
「はい、楽しかったです。次は山田さんと行きたいなぁ」
山田に光が射す。
「行きたいです! ぼ、僕も行きたいです」
すがるように乞うてしまい、みっともなさにハッとする。
「でも海の前に、買い物に行きませんか?」
そうだった、買い物するんだった。
とにかく花と一緒に居たい。少しでも長く。
「そ、そうですね。リツから店を紹介してもらいました」
「では来週いきましょうか。美容室も予約しておきますね」
人生初の美容室だ。若い女性にシャンプーしてもらえるなんて、山田にとっては夢のアトラクションだ。
「な、なんか緊張するな……」
「大丈夫! もっと素敵になりますよ。でも、またお仕事休まないとダメですね……」
「大丈夫です。有給取ります。全然使っていないので、ちょうどいいんです」
会社に戻り、有給を申請した。
眉間にシワを寄せた上司が睨み付けながらハンコを押す。
山田は、親父を死なせてしまった。
待ち合わせに30分も早く着いてしまった。煌びやかな店構えだったら居心地悪いなぁと思って心配だったが、予想外にシンプルでスッキリした店で良かった。この前で30分も立っているのは不審だと、さすがの山田も場所を変えた。
少し離れたカフェに入る。
こんな洒落たカフェでお茶するなんて初めてで緊張する。そっと周りを見回すと、意外とおじさんが一人でコーヒーを飲みながら新聞を読んでいたりする。でも、やっぱりなんかお洒落だ。おじさんだけどこざっぱりしていて品がいい。
隣は若いカップルだ。彼女が嬉しそうに話しているのを、彼は微笑みながら静かに聴いている。あんな青春は僕には無かった。僕には無くても世界には当たり前に存在する。だけど、一生無い訳じゃないんだな。学生時代は絶望していたけど、人生なにが起こるか分からない。生きてて良かった。
そんなことを考えているうちに、カフェの窓から美容室の前に花が立っているのが見えた。山田は花の姿を遠巻きに眺める。やっぱり素敵な人だなぁ──いつまでも眺めていたかったが、待ち合わせに遅れるので席を立った。
カフェを出て、花に向かって歩く。
すると、花がこちらに気づいて笑顔で手を振った。綺麗な女性が僕に向かって笑顔で手を振ってくれる──永遠に歩いていたいと思った。
「いらっしゃいませ」
美容室の店内はとてもスマートで、男性でも抵抗なく過ごせる空間になっていた。
「このお店は男性客が多いんですよ」
「そうなんですね。思ったより抵抗ない感じで良かったです」
「担当のスタイリストさんも男性でお願いしたので、安心してくださいね」
この店では担当スタイリストがシャンプーからスタイリングまで全て一人で行うシステムらしい。
ちょっと残念……いやかなり残念……
だからと言って女性の美容師さんが来たら緊張して何を話せばいいか分からないけれど。
このお店ではプライバシーを重視する方針のようで、ブースはほぼ個室のようになっており、他の客と顔を合わせることがない。ずっと担当者と二人きりだ。
「こんにちは。担当させていただきます、リュウジです」
「……あ、はい、よろしくお願いします」
山田もぼーっとしてしまうほどのイケメンだ。
「リュウジくんは、私の担当さんなの。上手だからきっと素敵になりますよ」
「ではまず、どんなふうにするかカウンセリングしましょうか」
「じゃあ、私は二階でネイルしてきますね」
えーっ!花さん行っちゃうの?こ、心細いなぁ……。
「さぁ、どうしましょうか?」
リュウジは鏡越しに山田を真っ直ぐ見つめながら、細く長い指で山田の髪をすいた。
な、なんだかドキドキしてしまう……い、いや、相手は男だぞ。しっかりしろ。
山田は感じたことのない高鳴りにとまどっていた。
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