第12話
「仕事なんてやめてやる! すぐ辞表書くから待ってて!」
「なに言ってんだよ。花さん、今度兄貴も海行きたいって」
「かしこまりました」
「今度二人で行きなよ」
「えっ、う、海に?な、なんだよ……お前……絶対手出すなよ!」
「どうしよっかなー」
「マジ許さねぇ」
「心配すんなよ。またな」
◆◆◆☆☆☆◆◆◆◆☆☆☆☆◆◆
コンビニで休憩して飲み物を買うと、リツは助手席に乗り込んだ。花の胸元にシートベルトが食い込み、ふんわりとしたスカートもシートベルトで押さえられ腰回りがタイトになっている。
「どんな曲が好き?」
「ワンオクとか……」
「いいよねー、俺も好き」
「リツさんはどんな曲が好きですか?」
「洋楽が多いね。Palaye Royaleってバンドがすげーオシャレなんだよ」
「リツさんも音楽好きなんですね。私も音楽好きなんです。好きなこと話せて嬉しい」
俺も嬉しい!って言いたいけど、そんな可愛い笑顔を見せられたら、なんだか照れくさくなって「うん」と小さくうなづくだけだった。
bluetoothでスマホをステレオに繋ぐ。
そして音楽が二人の気持ちを繋いだ。
「ねぇ、火曜日の帰り道に一緒にいた人、誰?」
「帰り道?……あー、ケイさんだ! ホワイトリリーのスタッフですよ」
「そうなんだ。あんなかっこイイ人いるんだね」
「ホワイトリリーの用心棒なんです」
「へぇ……」
手ぇ出したらヤるぞってことね。今日は来てるのかな?
車は海岸沿いの道を軽快に走る。カーブを越えると穏やかな海岸線が見えた。小さな波が寄せる砂浜は遠浅で、きっと少し冷たいだろう。
「わー! 海見えてきた!」
「窓開けますね」
「はぁー! きもちー!」
リツは思い切り伸びをして気持ち良さそうだ。こういう無邪気なところがモテるんだろう。山田にはない要素だ。
「そういえば、昼間のデートなんて何年ぶりだろ? オレもある意味こじらせてんなー」
「きれいな海ですね……」
「非日常だね」
駐車場に車を止めて砂浜に出る。サーファーや犬の散歩をする人、まばらではあるが人影はあった。
木陰にシートを敷いて、ランチを広げる。
今日のメニューはスモークサーモンのサンドとポテトチップス。マリネしたサーモンに自家製のタルタルソースが良く合う。
「俺のおすすめカフェのサンド」
「わぁ、おしゃれ!おいしそうですね」
大きく口を開けて頬張る。花は品良く見えるが、飾ることがない。わりと大胆なこともアッサリやってしまう親しみやすい性格はギャップ萌えを引き出す。
「んーおいしい!」
「このカフェのレモネードもおいしくて、サンドと一緒に飲むとサイコーなんだよね」
「おいしそうですね」
「今度行こうよ」
花は嬉しそうにうなずいた。
う、うん、そうだね……。自分で誘っておきながらなんだか罪悪感にかられた。人妻でアニキの想い人。だけどとても居心地がいい。今まで出会ったどんな女性とも違っていた。
食事を終えて、ひざまくらで寛ぐ。
「花さん、旦那さんは怒らないの?」
「ドライブのことは言ってません」
「わるいひとだなー」
「お仕事ですから」お互いにふふと笑う。
「結婚ってどんな感じ?」
「幸せですよ。独身のときより」
「そうなんだ。やっぱおすすめ?」
「うーん、人によりますね……何を幸せだと感じるかによると思います」
「なるほどー、深いなぁ」
「結婚、考えてるんですか?」
「全然。考えられないから悩んでる」
「必ずしなくてもいいと思いますよ」
「だけど、それでいいのかな?兄貴もムリそうだし、親父に孫の顔、見せてやれないのかなーとかね」
「結婚は自分のためにする方がいいと思います。親は子供が幸せなら、それでいいんです」
「さすがぁ。説得力あるなぁ」
結婚。ね。
自分が結婚して子供と遊ぶ姿はなんとなく想像はできる。だけど、その為に一体どれだけの犠牲を払うのだろう?天秤に掛けるようなことではないのは分かっているけれど、どうしても比較してしまう。俺が欲しいのは何だろう?自由?仕事?お金?名声?家族?子供?──堂々巡りでいつも分からなくなる。
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