第9話

「いい女じゃね?」


 リツが小声で囁く。

 無言で押し返す山田。

 だからそういうのいいから! お行儀よくしなさい。


「リツさんは、職場はお近くなんですか?」


「職場というか……自宅兼事務所ですね。近くです」


「在宅でお仕事されてるんですね」


「えぇ、時間に融通が効くのでランチはいつでも歓迎です」


 テーブルの下で山田がリツの腕をぐいっと引っ張る。


「兄貴が女性と毎週ランチに行くって聞いて、ちょっと心配になっちゃって」


「心配?」


「おいっ!」


 だーかーら!


「だって兄貴、女性に全く免疫がないんです。彼女も居たことないし、こじらせてます」


「やめろよ!」


 そういうことを言うなって、さっき言ったよね?


「そうなんですか?素敵な方なのに出逢いがなかったんですね」


「いいえ、モテないんです。どうしたらモテますかね?」


 言いきるなよ。天性のモテ男リツにはモテ方が分からない。


「たぶん……慣れだと思います。女性に接するのに慣れること。それと、ちょっとイメチェンかな」


「イメチェンですよね! あと慣れかぁ。男子校だったしねー。」


「だから、このランチとかレンタルで練習するのはいい事だと思いますよ」


「ですよね! デートしてやって下さい」


「お、おいっ!」


 よし、それはいいぞ。押してくれ。


「映画、楽しかったですね。次はいつにしますか?」


「つ、次ですか?」


「へぇー、映画行ったんだ」


 リツはニヤニヤしながら、山田の顔を覗きこむ。


「買い物、どこにしますか?」


「買い物デートの約束してるの?イメチェンかー!兄貴の買い物なら、俺がいい店紹介するよ?」


「助かります。男性のお店はよく分からないので」


「じゃあ、お店の場所兄貴に伝えます。店にも連絡しておくから」


 リツは意味深な笑みを浮かべている。


「オレも花さんとデートしたいなぁ」


「デートクラブじゃないからな!」


「レンタルお待ちしてます」


 ニッコリ笑って頭を下げる。

 営業スマイル0円である。


「花さんっ!」


 山田は捨てられそうな子犬の目で訴える。


 ふふ、と笑って花が鴨肉を口に運ぶと一瞬、時が止まる。



 もぐもぐもぐもぐ……ごっくん。



 花とフ抜けた男二人の目が合う。


「ん?」


「う、上手いよね鴨肉」


 ごまかし方が雑である。


「ほんと、おいしい」


 ニッコリ笑う花は天然なのか、わざとなのか、今の山田とリツにはまだ判らなかった。





☆☆☆☆☆☆◆◆◆◆◆◆☆☆☆◆◆◆◆




「はーうまかった!」


 リツは伸びをすると、おもむろに言い出した。


「ねぇ、花さん。お願いしていい?」


「なんですか?」


「ひざまくらして?」


「……え?」


 甘える時は遠慮なく。リツの座右の銘だ。ちゃんと小首を傾げて言う。

 花さんは悪い人では無さそうだ。だけど、このアニキを受け入れるにはかなり懐の深い人でないと勤まらない。確かめてみよう。


「おまえ何言ってんだよっ!」


「年上の女性にはひざまくらしてもらいなさいってじいちゃんの遺言で……」


 グイグイいく。イケメンの成せる技だ。


「そんなの聞いたことねぇよ!」


「いいですよ」


 受け入れる。花の座右の銘だ。


「えぇ!?」


 お願いしたリツも驚く。へぇ、やるじゃん。





「よしっ」花の太腿に頭を乗せるリツ。


「はーやわらけ~しあわせー」


 デレるリツに対し、山田は膝の上の拳を震わせる。


「癒されるわ〜」


「ふふふ」


 まんざらでもなさそうな花を見てさらに震える拳。

 そんな山田を尻目に、二人はイチャつき出す。じっとりとした山田の視線を受けながら。


「花さぁん。デートどこ行きます?」


「うーん、ドライブとか?」


「いいね!海とか山とかそういう所でひざまくらしてもらったらサイコーだろうな。俺、免許ないんで運転お願いします!」


「わかりました。でも知らない道は自信ないなぁ。ナビお願いしますね」


「了解。ランチと音楽は用意するから任せといて」



 山田を差し置いて二人の会話はどんどん進んでゆく。ドライブってなんだよ!僕も行ったことないのに!山田の怒りがふつふつと沸き立っていた。


「もういいんじゃないのか?」


 鬼の形相で山田が低くつぶやく。


「あ、交代?」


「へ?」


 交代って何?


「どうぞ」


 花が山田に笑いかける。


「ど、どどどどどどうぞって!?」


 そ、そんなことあっていいのか!?


「兄貴も甘えなさい」


「失礼します」


 素早くリツと反対側の花の膝にぴったり付ける山田。


「はい、どいて」


 リツの頭をどけて、そっと自分の頭を乗せる。


「はぁ~」


 遠い昔…

 あたたかな景色が山田の脳裏に浮かぶ。母は、こんな風にしてくれていたのだろうか?

 女性と話すことすら儘ならなかったのに、こんなことが自分の人生で起こっているなんて信じられない。そんなことを思いながら山田は眠りに堕ちた。


「ふふ」


 リツと花は、山田の豹変ぶりに目を合わせ笑い合った。この人なら、アニキを変えてくれるかもしれない。リツはそんな期待を淡く抱いた。

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