第7話

 翌週、いつもの料亭で向かい合う二人。今日は山田にはしなければならないことがある。


「先週は楽しかったですね」


「そ、そうですね……あ、先週お借りしたハンカチなんですが、洗って返すのもどうかと思って……」


 山田は用意した小さな包みを差し出した。


「新しいものを買ってきたので、 受け取ってください」


「えっ、そのまま返してもらって良かったのに……気を遣わせてしまってすみません」


 お互いが賞状のように両手で受け渡す姿が二人の律儀さを物語る。


「ありがとうございます。開けてみていいですか?」


「どうぞ」


 嬉しそうに包みを開ける花にすかさず聞いた。ここが肝心だ。


「前のハンカチは処分してしまっていいですか?」


「はい、そうして下さい」


 よし、ハンカチget。山田小さくガッツポーズ。今日のミッション完了だ。


「わぁ、素敵。この色、あの映画のヒロインのワンピースに似てる…」


「そうですよね。僕もそう思ったので、これに決めました」


「山田さん、ちゃんと自分で選んで下さったんですね」


「えぇ、はい」


「女性ものの売り場で選ぶの、照れ臭くありませんでしたか?」


 ば、バレてる……


「は、はぁ……」


「それでもちゃんと自分で選んで下さったことがとても嬉しいです。ありがとうございます」



 女性への初めてのプレゼントだった。もう全然分からなくてテンパったけど、ちゃんと自分で選んで良かった。(ちょっとリツに見てもらったケド)花さんはハンカチよりも、僕の気持ちを喜んでくれている。こんなこと初めてで、嬉しくて、ダメだ勘違いしてしまう。花さんの嬉しそうで、少しはにかむような笑顔がたまらなく可愛い……ダメだ花さんを直視できない。挙動が不審になってしまう。落ち着け、まず汗を拭け。



 何とか気持ちを落ち着けたけれど、直視できないので俯きながら切り出した。

 もう一つ、聞いておかなければいけないことがある。


「それと……来週、お願いがあるんです」


「はい、何でしょう?」


「実は……僕の弟も一緒に食事をしたいと言い出しまして……」


「弟さん、いらっしゃるんですか?」


「はい……5歳下の弟がいます」


「そうなんですね。ここで三人で食事ってことですか?」


「はい、大丈夫でしょうか……?」


「えぇ、私は大丈夫です。でも、一度リリーさんに確認していただけますか?」


「はい、確認してリリーさんから連絡してもらいます」


「ふふ、なんだか楽しみですね」


「はぁ……」山田は少し困ったように笑った。僕は全然楽しみじゃない。この夢のような時間が終わってしまうかもしれない。


「弟さんとは仲良しなんですか?」


「仲良し……というわけでもないんですが、ケンカもしません。5つも離れているので、あんまり接点がない感じです」


「そうなんですね。山田さんに似てますか?」


「いえ、完全に真逆です。見た目も、タイプも」


「真逆?」


「弟はイケメンで、やり手なんです」


「ふぅん……山田さんもイケメンですよね?タイプが違うのですか?」


「えっ!?ぼ、僕はイケメンでは……」


 思わず顔を上げて、花さんと目が合ってしまった。営業トークだ。狼狽えるな。


「やっぱり! 山田さん、自覚ないんですね。ちょっとイメチェンすれば全然変わると思いますよ」


 なんか、TV番組でそういうのあったな。


「は、はぁ……」


 本当にそんな風に思ってるのかな?いや、営業だ。この話題は掘り下げないほうがいい。



「そうだ、今度一緒に洋服選びに行きませんか?美容室にも行きましょ」


「え、ぇぇぇ…」


 掘り下げて来たよ!


「ダメですか?」


 俯きがちな山田の顔を覗き込む。


 花さんと買い物デートがしたい!!!!


 ものすごくしたいので、見せられない顔になっているのを俯いて隠し、やっとのことで「わかりました」と答えた。


「じゃあ、来週また早めの時間で」



 休みを申請するのに何と言ったものか。

 もう親戚は殺せない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る