第4話
初仕事が終わり、花がリリーにLINEで報告をするとすぐに返信が来た。
『お疲れ様です。山田さんとの時間はどうでしたか?ご指名があったので、これから毎週火曜日のランチは花ちゃんに担当してもらおうと思っています。場所は毎回同じです』
業務内容がデートクラブみたいだなぁと、夫のことが気になる。この仕事にあまり賛成でないのを押しきって始めているから気が引ける。だけど山田のことも気になる。なんとなく放っておけないのだ。リリーもそう感じているのだろうか。
『わかりました。連絡お待ちしております』
翌週火曜日。
今回は遅れず、早めに到着して座敷で待つことが出来た。しっかりしてそうに見えて、実は方向オンチである。
「失礼します」
正午丁度に現れた山田はやはり緊張していた。
「こんにちは。今日はご指名ありがとうございます」
「あっ、こんにちは。指名なんてしちゃってすみません…」
照れくさそうに頭を掻きながら席に付いた山田はさっそく汗を拭う。
「いえ、嬉しかったです。私も山田さんともっとお話してみたかったし……」
こ、これは営業トークなんだろうか?
そうだ、営業に決まってる。勘違いするんじゃないぞ。
「そ、そうですか」
緩みそうになる口許をぎゅっと引き締める。
席につき食べ始めた時、ふいに花が質問した。
「山田さんは、お休みはどうされてるんですか?」
「えっ」
突然の質問に箸を落としそうになる。
独身の三十路男が休日に部屋に籠って何をしているのか……言えない。特に花さんには口が裂けても言えない。
「ど、読書とか、映画観たり……」
自分でも驚くほどスラスラと嘘が口を突く。
「映画いいですね!私も好きです。でも、一人で観るのはなんだか寂しくて」
花は箸を置いて言った。
「今度一緒に観れたらいいですね」
「はぐっ」
山田は喉を詰まらせた。いいい一緒に!?
「大丈夫ですか?」
花がおしぼりを差し出す。
「ゲフン、ゲフ…ありがとうございます」
「私、変なこと言いましたよね…」
ああ、ダメだ、これを逃しちゃいけない。だけど勘違いするな、これは営業だ。でも……お金を出しても花さんみたいな素敵な人と映画を観れるなんてまずないぞ。特に僕みたいな消極的な人間には。
「いえ、映画、行きたいです」
言った!よし、よく言った!
花は嬉しそうにニッコリ笑った。が、内心動揺していた。思わず一緒にと言ってしまったけど、大丈夫かしら……。
「でも、お昼の休み時間では観れませんね」
「半休とります」
これも食い気味に返す。このチャンスは絶対に逃してはならない。休めないなら会社辞めてやる。
「大丈夫ですか?」
「はい、何とかします」
「無理しないでくださいね。 ダメならまた今度でも……」
「大丈夫です。僕も映画観たいんで」
逃すまい。
「観たい映画、ありますか?」
「山田さんにおまかせします」
ま、まずい。流行りの映画なんて分からない……会社に戻ったらリサーチしよう。えっと、えっと、東宝とか?
沸き立った困惑はすぐさま脇に追いやられ、山田は花の口許から目がそらせなかった。至福のランチは続く──
昼休み明け
眉間にシワを寄せた上司に半休を申請しにいく。上司はゴリラみたいにガタイのいい男で、睨まれると目が泳いでしまう。だけど、これを乗り越えなければ花さんとの映画デートは叶わない。
「忙しいの分かってるだろ。なんで半休?」
「ちょっと用事が……」
こ、怖い……
「だから何の用事?」
「親戚の法事で……」
「はぁ?なんで平日?」
細い目がさらに鋭くなる。こ、怖い……
「僕が決めたわけでは……」
「いいよもう。仕事はちゃんと片付けろよ」
「はい……」
よ、良かった。
意外とすんなり引き下がってくれた。
終業間際
「山田さーん、これお願いします」
「あ、はい……」
「じゃ、お疲れっす」
「え?」
「お疲れさまでーす」
「お先でーす」
当たり前のように残務を押し付けて帰る同僚たち。無関心な同僚。束になって出てゆくと、オフィスは一気にシンと静まり返る。
一人、ぽつんと残る山田。
今までは特にやることもなかったから、それで役に立つなら、繋がっていられるなら……と引き受けていた他人の仕事。今日は花さんと観に行く映画をリサーチせねばならない。さっさと終わらせて早く帰ろう。
……あ、あれ?
早く帰りたいなんて、いつ振りだろう?
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