第2話

 オープンカフェでリリーは面接の相手を待っていた。最近はバイトアプリで募集できるのが簡単でいい。開業して1年、おかげさまで順調に進んでいる。いわゆる人材派遣であるから、ある程度のトラブルは覚悟していたが思いのほか平和だった。それどころかウケている。SNSで情報をアップしたり、クライアントの許可があればリアルタイムでツイッターやインスタを上げたりする。その反応がかなりいい。依頼も増える一方で、人手が足りなくなって新しく募集したのだ。


 この仕事をしていると、変わった依頼をよく受ける。中でも変わっていたのは『一緒に虫取りに行って欲しい』というものだった。クライアントは30代男性でおじさんを希望した。夜中に山にトラップを仕掛けに行くのはさすがにどうかと思ったのでボディーガードを同行させることになったけど、追加料金を支払ってでもお願いしたいと依頼された。

 そのクライアントに付いたスタッフから聞いた話が忘れられない。

「小さい頃に親が離婚して父親が居なかったそうだ。友達もおらず、いつも一人で虫取りしてたらしい。誰かと虫取りするのが夢だったって」

 この仕事は意外と人の役に立つのかもしれない。


 そんなことを考えているとスマホが鳴った。面接の女性からだった。


「はい、リリーです。あ、着いた?ちょっと待って」


 立ち上がって見渡すと、スマホで通話しながらキョロキョロしている女性がいる。アレ?年齢より随分若く見えるわね。


「あ、アレかしら?ここ!手振ってます!」


 女性はリリーを見つけるとにこやかに手を降って、カフェの入り口へと向かった。


「どうも、はじめまして。ホワイトリリー代表のリリーです。」


「はじめまして、藤木です。宜しくお願いします。」


 若くて綺麗な品の良い奥様。履歴書はうちにバイトに来るような来歴ではなかった。他にいくらでも職はあるだろうに、どうしてうちなのかしら?


「希望の理由は?」


 手入れの行き届いた指先でコーヒーカップを包むように持ち、照れたように話す仕草は天性のものか?


「時間がかなり限られているのと、人の役に立ちたかったことです。あとは非日常かな……?」


「非日常?」


「はい、自宅から遠く離れて知らない人と過ごすのは、私にとっては非日常です」


 時間は平日の2日、午前中のみ。確かに時間は限られている。しっかりしてそうだけど、魅力的過ぎる。トラブルになりそうだ……。でも人手が足りない。女性のクライアント限定にするか。何か策を考えねばならない。


「わかりました。これからお仕事をお願いしたいとは思うんだけど、出来る仕事が限定されそうだから、合う仕事があれば連絡するという形でもいいかしら?」


「わかりました。よろしくお願いします」



 最後にリリーは彼女の名前を決めることにした。


「うちではスタッフにはニックネームでお仕事してもっているの。あなたの名前は何がいいかしら……?」


 リリーは履歴書を見て考えた。月並みだけれど、覚えやすく親しみやすいものがいい。


「お花の名前だから、花ちゃん。花ちゃんでいいかしら?」


「はい、可愛らしい名前ですね。それでお願いします」




面接を終え帰ってゆく花を見送る。彼女もこの仕事に助けを求めているのかもしれない。スタッフもお客も、お互いに支え合うようなこの仕事が成り立つ社会が、ありがたいような世知辛いような、複雑な思いが過る。

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