第21話 エピローグ
天に近い空間に座する神殿の中、オーディンは今回の結末を見届けていた。
ゲームの世界と酷似していたはずのその世界はもはやゲームとは間逆の方向へと歩み始めた。
ゲームに拘っていたわけではないが、転生した魂による影響がここまで世界の道筋をずらしてしまうとは考えていなかったのだ。
オーディンは白金の髪をさらりと揺らして立ち上がる。
「中々良い暇つぶしだったね。」
「この世界はこれからどうなるのでしょう。」
オーディンが振り向いた先にいたのはオーディンの娘ヨルズ。
自分のしでかした事によって神の手を離れた世界。その先が気になった。
「さぁ、どうだろうね。僕にも検討が付かないよ。」
オーディンは愉しげにくすりと笑った。
彼の見る視線の先の世界はもはや独自の道を歩み始めた。
オーディンが手を出すまでもなく自らの力で進む世界を止める必要などあるだろうか。
筋書きなんて存在しない世界。
それはすばらしい世界になるのか、それとも衰退の道を歩むのかは分からない。
ただ、彼は見守るだけ。
そうして今日もオーディンは魂の洗濯に勤しむのだ。
彼の持ちうる世界は一つではないのだから。
――――…
あの日からさらに3年の月日が経った。
エスティアは15歳になり、体つきもやや大人びてきている。
金の髪は風に煽られて靡いている。
馬を駆ける彼女の姿はまさに草原を駆ける少女という絵にもなりそうなほど様になっていた。その後ろに続くのは彼女の義理の兄にして婚約者のフィルシークだ。
伯爵に認められるように必死で努力を重ねた彼は見事にエスティアの婚約者という立場を手に入れていた。
自らの血を継がせるという意味ではアルナスの目論見は見事に的中したと言えるのだが、なんだか面白くないような表情で婚約を認めた彼の出した条件はエスティアの魔王国親善大使の役割を補佐しつつ領地の運営も怠らずに行うこと。
普通に考えると明らかに無茶な条件だ。
魔王国はラジェット王国とそうとうな距離の先にある。そもそも大陸が違っている。
そんな場所に行こうというのだから領地運営など出来るはずもない。
だが、それを可能としているのはエスティアの転移だ。
ある程度進んだら宿をとり、その場所に魔石を置いておく。
そうするとエスティアは魔石の一を頼りに転移を行う事が出来るのだ。
そんな魔力を無駄に使いながら旅を続けつつ領地を運営しているフィルシークはかなり多忙だ。
エスティアに構う時間が旅の間だけというくらいに忙しい。
それでも外を知りはしゃぐエスティアの姿を見れば疲れも一瞬で吹き飛ぶというもの。
フィルシークはそんなエスティアとの時間を大切にしていた。
「ねぇ、ティア。この先の街はアプルの名産地なんだって。」
「わぁ、美味しいアプルが食べられるわね。お菓子にしたら素敵だわ。」
「エスティア譲はお菓子も作るのか?」
そんな二人にもう一人の同行者が話しかける。青い髪に紫の瞳をもつ青年だ。
「えぇ、簡単な物なら作れるわ。」
「それは楽しみだな。」
「おい、お前にはやらんぞ。」
「なんでだよ!」
だからこそ、その同行者が納得いかない。
二人に付いて回っているのは王子誘拐を実行した者たち。
ザスティン・ルステリア・グレースとその仲間である3人の元騎士たちだ。
彼らは過激派魔族に使われたバロンに唆されてあの事件を起こしたのだが、バロンによって国を崩壊させたのもその過激派魔族によるものだった事を知った。
その後カルタロフがまんまと逃げ延びたのを知り、カルタロフを始末する為にこの旅に同行しているのだ。
巻き込まれた犠牲者であるとして今回の件は不問となったのだが、その身柄を野放しにすることも出来ない為、魔族の親善大使の護衛という名目でエスティアに付き添っている。
元々城を追われて逃げてきた彼らは旅に慣れていた。
だから彼らに助けられることも多い。
それでもフィルシークはザスティンの目の奥に見えるエスティアへの恋慕の情を見抜いていた。
あの時魔族であるバロンを追い詰めて、一方的に叩きのめすというエスティアの姿を見たザスティンは知らず知らずのうちにエスティアに恋していた。
だが、それを恋だとは自覚しておらずそれが余計にフィルシークを苛立たせる。
自分の婚約者に色目を使っていると厳しくザスティンに当たっているが、ザスティンは元王族であるからと言うだけではなく単純に優秀だった。
無理難題も卒なくこなすので互いに相容れない存在となっている。
「フィルもザスティンも仲良しね。」
「どこがだよ!」
二人の声が重なる。
そんな二人に気づかないエスティアはのほほんと旅を楽しんでいる。
街に行くたびに新たな発見があるし、美味しい食べ物もある。
まるで旅行気分でいるエスティアは恐らく自分の役割なんて見事に忘れていることだろう。魔族の親善大使。
友好の使者としてではなくエスティアとして向かっているのは明白だ。
国王もエスティアにそう言った役割を期待しているわけではない。友好の使者を送った。
その事実があればそれでいいのだ。
ただ、そこに向かうまでに時間がかかるのでそれがいつになるのかは分からない。
エスティアから届く報告書には行った街の名産や面白かった事などが書かれている。
時にはそういった情報の中にも役に立つ情報が紛れていたりするものだから侮る事は出来ないが、はっきり言ってまるで報告書の体を果たしていないそれは旅行記だとかエスティアの日記だと言われた方がしっくりと来るだろう。
そんな情報を楽しみに待っている者もいる。
シェリルはあれからエスティアの友となった。
立場はシェリルの方が上なはずなのだが、エスティアの前に立つとどちらが上なのか分からなくなる。
そんな身分に拘ることなく接してくれるエスティアはシェリルにとってかけがえのない友だ。時折届くエスティアの報告書を見ると自分も一緒に行きたいと言う気持ちに駆られる。
「いいな、エスティアは旅ができて。」
「ふふ、シェリルも行きたいですか?」
「当然よ、美味しい物を食べたり、宿でゆっくり過ごしたりって素敵じゃない。」
「では、いつか我々も行きましょう。旅に。」
「いいの?」
「もちろん。愛しい婚約者殿の願いとあらば。」
あれからゲームの事はすっぱりと忘れてシェリルは婚約者のアルバートと向き合うようになった。
今ではかつてのような奇妙な壊れ物を扱うような態度はなくなり、普通の恋人のように変わって来ている。
そんな些細な変化もシェリルには嬉しいことだ。王族である以上恋愛結婚は望めないと考えていた気持ちもどこかにはあった。
だが、今ではそんな思いに煩わされる事はない。幸せだとシェリルは確かに感じていた。ゲームでは婚約破棄されるはずのシェリルはしっかりとアルバートの心を掴んでいた。
一方魔王城ではルフェルスが次期魔王として本格的に教育を受けるようになり、その補佐をルビーが受け持つようになっていた。
もちろん魔王様は現役のままなのでゆっくりと王位を譲ることができる。
「はやく会いたいの。」
「ルビーはそればっかりですね。」
「そなたも会いたいじゃろ?」
「えぇ。それはもちろん。でもルビーそればっかり言って手が止まってばかりだとエスティアが来た時に一緒に過ごせないですよ?」
「なぬ!それは駄目なのじゃ。ほれ、ルフェルスも手が止まっておるぞ。」
いつも通りのやり取りが続く。魔王城は今日も平和だ。
そして、牢獄に繋がれたアリス・ヤンバーナはというと、極刑は免れたものの貴族位は剥奪され、平民として放逐された。
父親は直接関与したいたため極刑とされアリスは独りぼっちになった。
だが、そんなアリスに付き従う者がいた。
ずっと幼い頃から傍にいた一人の従者。彼だけはアリスから離れることなく供に過ごしている。
「はぁ、どこで間違えたのかしら。」
未だにかつての事を引きずっているアリスを従者が宥める。
「お嬢様、そんな事よりも今日はケッコウ鳥の卵の特売日ですよ!」
「なんですって!それを早く言いなさいよ!」
ばたばたと出かけるアリスとその従者。
平民として新しい人生を歩み始めた彼らは今日も忙しく走り回っている。
-END-
ファンタジーな世界に転生したと思ったら実は乙女ゲームの世界だった件~色無き魂を持つ者~ 叶 望 @kanae_nozomi
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