第20話 乙女ゲームは始まらない
エスティアがまず行ったのはルビーに伝達魔法で通信を行うことだった。
魔力を使ってルビーの気配を探り出す。一度魂の状態で繋がった事があるルビーと連絡をとるのは簡単なことだった。
【ルビー聞こえる?】
【うん?久しいの、エスティアではないか。元気だったか?】
【元気だよ!目が覚めたら10年も経っていてびっくりしたけど。】
【10年?それは驚くじゃろ。なるほど、それでこっちへの連絡も8年なかったわけじゃ。】
【へ?8年も…じゃあルビーたちの所からこっちまでそんなに時間がかかるんだ。】
【……それだけではない気がするがの。】
【ねぇ、エスティア?先程父上の所にエスティアの魔力で転移してきた者がいたんだけど、その件で話があるのではないかな?】
【その声はルフェルス?】
【久しぶりだねエスティア。元気そうで何よりだよ。】
【ありがとう。えっと、こっちとそっちの状況を相互に伝えるようなものを考えたんだけど、片方だけでは成り立たないから協力して欲しくて。】
【協力はいいけど、何をやりたいの?】
【えっとね。ラジェット王国って所に住んでいるんだけど、その国の王様がね、アレイスター様とお話したいんだって。】
【つまり会談って事だね。父上に伺って来るよ。】
この日、ラジェット王国の国王と魔王国の魔王による会談が秘密裏に行われた。
互いの情報の齟齬なども含めて改めて国交を結び友好条約を締結した。
それはすぐ国内に広められることはできない。
魔族という相手に対する偏見は根強く、簡単に覆すことが出来るものではないからだ。
少しずつ情報を開示して偏見をなくしていく事がラジェット王国に求められる事であり、同時に魔王国にも求められる事だった。
――――…
会談に出席していたエスティアはそれが終わるとへにゃりと体をフィルシークに預けた。
慣れない事ばかりでクタクタだ。
ただでさえパーティへの参加とあって疲れている上に王子の誘拐事件やら魔王国との繋ぎやらで目覚めて1年ぽっちのエスティアには荷が重い。
そんなエスティアの想いなど知りもしない相手が扉を開けて部屋に入ってきた。
「エスティア・シェイズって貴方の事かしら?」
突然声をかけられてエスティアは顔を上げて相手を見た。
そこに居たのは真っ赤な瞳を持った金の髪を持つ女の子。
豪華なドレスに身を包んだエスティアと同じ位の歳の少女。
「そうですけど、それが何か?」
「なんで生きているの?」
「は?」
エスティアとフィルシークの声が重なる。
唖然と少女の顔を見た。
自分自身で言っておきながらとんでもない事を口走ってしまったシェリルは二人の顔を見て自分の失態を悟った。
「だって、死んだって聞いたから。」
「誰にでしょう?それに貴方は?」
「私はシェリル・ラジェット・メジエル。この国の第一王女ですわ。」
「それで、王女様はどなたに私が死んだなんて事を聞いたのでしょう?」
「それは…。」
誰から聞いたなんて事もなく、ゲームの内容として知っているとは言えないシェリル。
思わず口篭ってしまう。
その様子を見たエスティアは王女相手だというのに大きく溜め息を付いた。
「貴方もアリス・ヤンバーナと同類?」
「えっと。」
あからさまにびくりと肩が揺れる。
エスティアにはそれだけで十分過ぎるほど分かりやすい反応だ。
「ゲームと現実をごっちゃにしないで欲しいね。巻き込まれる方は堪ったものじゃない。」
「う、ごめんなさい。」
「もういいよ、終わった事だし。」
シェリルは明らかに不機嫌なエスティアに王女である身分を忘れてしょんぼり項垂れた。沈黙を破ったのは新たに表れた人物だった。
「エスティアお嬢様、此方に居られましたか。」
「あ、サラさん。」
さっきまでの不機嫌はすぐに吹き飛んでサラに笑顔を向けるエスティア。
その名を聞いてシェリルは再び目を瞬いた。
ゲームでは殺されているはずのサラが目の前に表れたから当然とは言えるがそれ以前にエスティアが生きている時点で気づくべき事だ。
「あの、エスティアさん?ちょっと聞いてもいいかしら。」
もはや王女の威厳なんてどこにもないシェリル。
今の彼女を見て王女だ何て思う人は居ないだろうと思えるほど動きがおかしかった。
「何かしら?」
「どうやって生き延びたのか伺っても?」
「………。」
その話を蒸し返すのかという視線にシェリルは思わず仰け反った。
しかし、この先もこの事で煩わされるのを面倒だと考えたエスティアは思いのほかすんなりと許可した。
もはやエスティアは王女を相手にしている事さえ忘れているようだ。
「何から聞きたいの?」
「えっと全部?」
「何で疑問系?ま、いいけど。そうだね、何から話そうか。」
エスティアは魔王城に魂が飛んだところから話を始める。
そしてアリス・ヤンバーナが行った事や巻き込まれたフィルシークとサラの事も。
「つまり、屋敷に戻ってきたサラさんに罰として生涯仕える事を命じたのね。」
「そうだよ、サラさんが思い悩んでいたようだったから。」
「どちらかっていうとご褒美みたいね。」
「生涯仕えるって私は大変だと思うけどね。」
エスティアの事を聞いてよりゲームと違うことを認識したシェリル。
「アリス・ヤンバーナも投獄されたって事は、乙女ゲームなんてもう始まらないのね。」
「そもそもゲームじゃなくて現実だし。でもそうだね、主人公が投獄された時点でゲーム通りなんて起こしようがないわね。そもそも前提が間違っているけど。」
「前提?」
「魔族の侵攻がない時点でゲームはそもそも始まる事なんてないわ。でもそれに近い行動をカルタロフが起こしていたのは事実。つまり、カルタロフを止めない限り真実の平和は訪れないって事かもしれないね。」
「それは、今後も気を付けなければいけないことね。」
「いや、それ程でもないと思うけど。」
「へ?」
間抜けな表情で固まったシェリルにエスティアは笑った。
「バロンという鍵を手に入れたから、そう遠くない未来にカルタロフの事は片付くと思うよ?」
「あ、それもそうね。」
カルタロフにはバロンがこちらの手に渡ったことなど伝わっていない。
今もきっと目標を達成したかの報告を待っているはずだ。
バロンを悟られないように過激派の中に潜り込ませて一気に殲滅を図るか、それとも拘束に留めるのかはまだ分からない。
だが、こうした事件はこの先早々起こらないだろうとエスティアは考えている。
互いに歩み寄り始めたラジェット王国と魔王国。
二つの国の融和がこの先の未来を明るく照らしてくれるはずだ。そしてその架け橋と成れれば良いなとエスティアは願う。
それはかつて魔王城でマルーン様が望んだこと。そんな事はとっくに忘れているエスティアだが、自然とそんな気持ちが沸いてきていた。
エスティアにとっては魔王城での生活も掛け替えのない思い出だ。
ある意味もう一つの家族だと考えているくらいなのだ。
いつかの約束はエスティアにとって大切な果たすべき約束となっていた。転移で向かうのではない。旅をして魔王国に向かう事。それがエスティアの夢。
その為に必要なのは体を自由に動かせるようになることだ。
魔力に頼ってばかりではいけない。
エスティアはこの日からリハビリを強化して更に旅も出来るように準備を整えていく事になる。
乙女ゲームは始まらない。
それは、ゲームではなく現実の始まりの音。
牢獄に繋がれたアリスは絶望した。
これではゲームどころか人生がお先真っ暗だ。
もはや命さえ危ういかもしれない。王族を狙った時点で極刑は免れない。
アリスの命はもはや風前の灯だ。
「一体、何が悪かったって言うの?だって私主人公なのよ!こんなの間違っているわ。」
哀れなゲームの主人公であったはずの者の叫びが牢に木霊した。
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