第19話 魔族の影
白い髪に赤い瞳は魔族の象徴。
その姿を見たザスティンは、自分が相手に良いように使われた事に気が付いて唇を噛み締める。
ザスティンはルステリア王国第1王子として生を受けた。だが、その地位はあっという間に崩れ去る。
ルステリア王国の崩壊と供に護衛騎士たちと逃げ延びた彼は国が壊れる様を幼い時に刻み込まれた。民衆の反乱という王権の崩壊は直ちに制圧された。
それも隣国のライアック王家の王弟によって。
ザスティンはこれをライアック王家により引き起こされたものだと思い込まされた。
それは目の前に居る魔族の男によってだ。
その男は言葉巧みにザスティンたちを今回の件に導いた。王子を誘拐して国を取り戻そうと考えたのだ。
それを止めた少女は今まさに魔族の手によって殺されようとしている。
「おい、お前逃げろ!」
思わず声を上げた。自分が巻き込んでしまった少女はまるでその声さえも届いて居ないように平然と立っている。
ふわりと魔力の風が撒き起こる。
それを少女は片手を突き出すだけで壊した。
「何!」
驚いたのは魔族の男だ。
バロンという名の魔族は魔法に関して人族に遅れをとるような男ではない。
しかし、魔法を構築しようとした瞬間に少女が手を向けただけで魔法が破壊されたのを感じた。
「お前も魔族か!」
そんな力を持つ人族など知りはしない。有り得ないと考えて問いかける。
もし魔族であればこちら側に引き込むことができると考えての事だ。
「違うわ。私は人だもの。」
「有り得ない!その魔法の使い方は我々魔族のものだ!」
「だって、その魔族に教わったから似て居て当然でしょ?」
なんでもないように答える少女にバロンは混乱する。
なぜこんな少女にという思いが沸き起こってきたが、魔族に魔法を学んだのであれば引き込む余地はあると考えた。
「ではこちら側に協力しろ!魔王様の望みは人族を滅ぼすことだ。」
その言葉を告げた瞬間にびきりと空気が割れた音がした。
「……今、何て言ったのかしら?」
にっこりと微笑む少女の笑顔はなぜかバロンには恐ろしく感じる。
なぜこんな少女に気圧されているのか分からないまま一歩後ずさった。
「魔王様が、人を滅ぼす?それは貴方が直接魔王様に聞いた言葉かしら?」
「い、いや…魔王様の信頼されている部下のカルタロフ様の言葉だ。」
「カルタロフが信頼?」
「あぁ。」
その瞬間ゾッとする程の殺気が少女から放たれる。
思わずバロンは相手が少女であるにもかかわらず腰を抜かしてしまった。
「カルタロフ!あいつ…やっぱりあの時、逃がすべきじゃなかったわ。何とか同時に処理で切れば今頃こんなことにはならなかったのに。」
「はへ?」
バロンはあまりの恐怖に動けない。
ただの少女のはずなのに得体の知れない恐怖を感じていた。
「バロン…。」
地獄の蓋が開いたかのような低い声でエスティアは魔族の男の名を呼んだ。
「は、はひ。」
先程の威厳はさっぱり抜け落ちてバロンはエスティアの声に怯えながら返事をした。
「魔王様に真実を聞いて土下座して来い!」
思いっきり何かを腹に投げつけられてバロンは思わずそれを掴みとった。
それは透明の魔石に何かしらの魔法が込められているのが分かる。
「へ?これは…。」
転移石?と言い終わる前にバロンの姿は忽然と消えてしまった。
唖然となる二人の少年。
そして気持ち良さそうに眠る3人の男がその場に残された。
エスティアは二人に向き直るとこの後どうするべきか悩んだ。
そもそもエスティアはただの伯爵家の令嬢で思考力は精々5歳児並にしかない。
時折前世の知識が助けてくれるが、今の状況は駄目だった。
困ってしまったエスティアは金の髪を持つ青い瞳の少年にどうしようかと問いかけた。
「えっと、本来なら誰かを呼ぶべきなんだろうけど、僕も君も動かない方が良いだろうね。」
少年は様々な状況が入り混じって複雑化してしまった事態を収集するべくザスティンと向き合った。
「君はどうしてこんな事を?」
「お前はこの国の王子だな?」
「えぇ。僕はレオナード・ラジェット・メジエル。この国の第一王子だ。」
「俺は、ザスティン・ルステリア・グレース。旧ルステリア王国の王子だった。先程の魔族にラジェット王家が我が国を滅ぼしたと言われてそれを今の今まで信じてきた。だから国を取り戻そうと君を人質に交渉しようとしていた。」
「それで疑いは晴れたのかな?」
「あぁ、騙されたらしいな。俺が首謀者だ。他の奴は俺に従っただけ。だから命は助けてやってはくれないか?」
「それを決める権限は僕にはない。でも精一杯父上にお願いしておこう。色々と巻き込まれたようだ。君も僕も。」
ちらりと少女を見てレオナードは答えた。
そしてそんな会話を続けているうちに城から騎士たちが捜索のために飛び出してくる。
すぐにこちらに気が付いた騎士が駆け寄ってきた。
王子が誘拐されるという事件はこうしてすぐに幕を閉じた。
だが、それだけで終わる事は当然ない。
取調べによってマルクス・ヤスターパが取り押さえられ、その共犯者であるハリス・ヤンバーナとその娘アリスを取り押さえるように手配書が配られる。
そんな事とは露知らず、アリスは中々訪れないザスティン一行を待ち続けていた。
周囲に人の気配を感じたハリスはその馬車から外の様子を伺おうとしたが、突然扉が開かれてあっという間に騎士に拘束されてしまった。
何が起こったのか分からないアリスは呆然としたまま騎士たちに連行される。
牢屋に繋がれて鉄の冷たさが次第にアリスの思考に冷静さを取り戻させる。
だが、状況が理解できないまま罪人として囚われてしまった。
――――…
騎士に連れられてエスティアは両親とフィルシークの元へと戻ってきた。
色々な事が重なって起こった事件はエスティアによって終結しようとしているが、その後始末が残っている。
「エスティア、ハリス・ヤンバーナとその娘アリスが投獄されたよ。」
「そうですか。」
エスティアはその言葉に淡々と返事を返した。
投獄されたからと言って彼女の罪が消える事もなくそしてエスティアの気が済むものでもないからだ。
「魔族をどこかに飛ばしたと聞いているがどこに飛ばしたのだ?」
国王の言葉にエスティアはキョトンと首を傾げた。
「魔王様の前に飛ばしました。」
「それで、その後彼はどうなるのだ?」
「たぶん怒られるんじゃないかしら?でも彼もきっと犠牲者なの。」
「犠牲者?」
「えっと、過激派と呼ばれる魔族が居るんだけど、彼らは人族を滅ぼしたいと考えてる。」
「ふむ。」
「その中の筆頭がカルタロフって魔族で以前に魔王様一家を殺そうとした男。」
「…それで?」
「そいつは魔王様たちを殺しそびれて逃げ出したの。」
「そいつの手引きだというのか。」
「そう。だから彼も犠牲者なの。魔王様の命令だって信じていたから。」
魔王が平和を望んでいる。それを知らない者を使われた。
今回の件で国王は魔王と話をする必要性を感じていた。
だが、すぐにそれを行うことは難しい。
なぜならラジェット王国だけの話ではないが魔族に友好的な国はどこを探しても今はない。国交もない為互いにどのように歩み寄ったら良いのかも分からない。
だが、エスティアの言う言葉が真実であれば今のままとは行かない。
もしまた過激派の魔族によって国が混乱させられるようなことがあったなら堪らない。国王はエスティアに魔王と話をすることは可能か尋ねた。
「話をするだけなら簡単ですよ。でもちゃんと話すなら会話だけだと駄目ですよね?」
「いや、話ができるだけでもありがたいのだが…そうだな。」
エスティアはどうしようかと考えて一つの方法を思いついた。
前世の知識にあるテレビ電話みたいなものを魔法でやって見ればどうかと考えたのだ。
だが、それには一人ではできないだろう。
そう考えてエスティアは協力をお願いできる相手に連絡をとった。
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