第14話 新たな家族
アルナスは少年の背中を見て明らかにナイフで刺されたと思われる場所に穴があるにも関わらず肌に傷がない事に気が付いた。
「エスティア、彼の怪我はどうしたんだい?」
「えっと、治したからもう大丈夫。」
「治した?」
その言葉に疑問を持ち再び尋ねるアルナス。その返事もまた変わらない。
エスティアの体は大きいが、まだ目が覚めて1年しか経っていない。
つまり単純に考えれば2~3歳児と変わらない思考しか育って居ないという事になる。
何を言いたいかというとかなり質問して聞き出さなければ話が見えてこないという事だ。
「魔法で解毒と治癒をした。だから大丈夫よ?」
「魔法…。」
首を傾げてエスティアは答える。魔法それは先程使えないと宣告を受けたばかり。
だがエスティアはどうやってこの場に現れたのか考えれば答えは見えるはずなのにそれを頭が否定する。
「陛下、取り押さえましょう。転移をしてきた時点でその者は魔族の可能性があります。」
一人の騎士が陛下に進言する。
それをエスティアは見上げて、驚きの言葉を告げた。
「魔族じゃない。それに魔族なんて種族はこの世界に存在しないもの。」
エスティアの言葉にまるで馬鹿にするような視線を向ける騎士。
それを解することなくエスティアは続ける。
「かつて失われた時代、人の中で特異な特徴を持ったものを迫害し追放した。それが魔族と呼ばれる彼らの原点。彼らはその容姿で人とは違うものとレッテルを貼られて命を軽んじられた。あなたも同じね。かつて聖なる国と呼ばれた私たちの元になっている人々。勇者の言葉を効かずに自ら滅びた愚かな国の人間たちと。彼らはただ人よりも魔力が多かった。その為に色素が抜けるという現象が起きただけなのに。」
「はは。失われた時代の事なんて誰にも分からない。やっぱり魔族なんじゃないか。」
「お前は嫌いよ。お前の言う魔族は私を助けてくれた命の恩人。彼らを傷つけるなら容赦はしない。」
「陛下!聞きましたか?魔族に組するものだと自分から明かしました。取り押さえても宜しいですね?みっちりと私が尋問してやりますよ。」
「オッズ・クレスト。クレスト侯爵家の当主にして王国騎士団長。」
「む?」
いきなり自分の事を喋りだしたエスティアに再び視線を戻す。
エスティアの目は据わっている。かなり怒っているらしい。
アルナスも初めて見るエスティアの様子に目を見開いている。
「面白い称号ね。色狂い。色情魔。」
「は?」
その言葉に周囲が唖然となる。
そして突然自分の性癖を言われて顔を真っ赤に染める王国騎士団長。
「えっと、初めての人は13歳の時、ナンシ…」
「や、やめろ!」
エスティアに飛び掛ろうとする騎士団長を騎士たちが必死で止める。
エスティアはぷいっとそっぽを向いた。
「くくっ。してエスティア譲。命の恩人とはどういう意味だ?そもそもずっと屋敷から出て居なかったはずの君がどうやって魔族と知り合う事が出来たのだ?」
「私の魔力には属性がない。それは魂に色が無いからだって言っていた。魔力が強くなりすぎて体と魂が引き離されて私は眠りに付いた。そして魔力の強い場所に引き寄せられた。それがルビーとの出会い。そこで私が魔力を扱えないからそんな状態になったって教えてくれた。魔法は彼らから学んだから魔法の使い方は彼らの魔法に近いけど実際はちょっと違う。そこで学んで使えるようになったら目が覚めた。だから彼らは私の命の恩人なの。その彼らを悪く言わないで。」
「ふむ。エスティア譲は魔法をどのようにして使っているのだ?」
「魔力を直接編むの。魔方陣を作って魔力を流して発動するから属性は関係なく使えるの。」
「ほう。それで彼を治して転移してきたのか。」
「そう、です。」
話している相手が国王だと気づいて今更ながら言葉を直す。
「騎士団長の事はどうやって知ったのだ?」
「魔力を見る事が出来るからなのかな?刻まれた記憶を読むことが出来るようです。」
「なるほど。興味深いな。さて、これでエスティア譲の事は分かったな?騎士団長その殺気を引っ込めよ。」
「はっ!失礼しました。」
大人しく殺気を引っ込める騎士団長。エスティアは不機嫌なままだ。
「さて、お前たちもう下がれ。私はエスティア譲とこれから大切な話をする。」
「しかし…。」
「では騎士団長だけ残って他は下がれ。」
「はっ。」
騎士たちがぞろぞろと出て行くのを見届けて、国王はエスティアに少年を休ませるから離すように言った。
少年の顔をここで初めて国王は見た。
「なっ!フィルシーク・イルガーナ・クレスト。イルガーナの第三王子ではないか。」
驚く国王はエスティアにどこで会ったのかを聞いた。
「えっと暗いところ。狭い路地裏?転移して飛んだから分からないけど王都の街のどこかだと思います。」
「なぜそんな場所に。」
「イルガーナ王国の正妻に雇われたって人に襲われていました。だから生きていると知れたらまた襲われるかもしれません。だから助けて上げて欲しいのです。」
「………。」
考え込む国王は少ししてアルナスを見た。そして一つの提案をする。
「養子にですか?一国の王子ですよ?」
「伯爵位を継ぐ者が必要だと話していたではないか。丁度良いと思うが?」
「しかし陛下、下手をすれば国際問題では?」
「名を捨てさせるのだ。問題はあるまいよ。それに向こうには私からマドック国王に直接伝えるから心配は要らぬ。」
「…本気ですか?」
「それ以外に方法は無い。それにこの子はお前を頼りに飛んできたのだぞ?父親として応えてやれ。」
「はい…。」
力無く頷くアルナスは少年を膝枕している娘を見て溜め息を付いた。
「うっ…?」
呻き声と共に第三王子が目を覚ました。
そして自分を見下ろす少女の頬に手を添えて感覚を確かめる。
「生きている?あ、き…君は無事なのか?怪我は、怪我は無いか?あいつらは?」
がばりと起き上がってエスティアに詰め寄る王子。
そして自分がどこに居るのかを把握して首を傾げるが、ラジェット王国の国王を見て驚いた。
「なっ、ここはラジェット王国の城ですか?」
「よく生きておられたフィルシーク王子。」
「手当てはここで?」
「いや、そこのエスティア譲がしてくれたのだ。」
「エスティア?」
こてんと首を傾げるエスティアにフィルシークは頬を染める。
「助けてくれてありがとう。」
「助けてくれたのはフィルシーク様でしょう?私を庇ったから。」
「いや、それでも命を救われた。感謝する。」
「じゃ、一緒だね?私も助けてくれてありがとう。」
にっこりと微笑んでエスティアは言葉を返した。
柔らかな笑みにフィルシークの顔がますます赤くなる。
こほんと音がして振り返るとアルナスが貼り付けたような笑顔でフィルシークを見ていた。
「いい加減…家の娘の手を離してくださいますか殿下?」
「あっ、すまない。」
アルナスの笑顔に気圧されて、名残惜しみながらもエスティアの手を解放する。
そして養子の件に付いての話が行われた。
フィルシークはすでに自分の居場所はイルガーナ王国には無い事を告げシェイズ伯爵家の養子になる事を同意した。
「もっと悩んでも良かったのだよ?」
アルナスの言葉に首を横に振るフィルシークは、一度エスティアのいる方に振り返って再びアルナスに視線を戻す。
「いいえ。どうか私を養子として置いてください。もう私には帰る居場所はありません。」
「いいだろう。今日から君は私の息子だ。」
「お養父さん宜しくお願いします。」
「ふぇ、フィルシークは私の家族になるの?」
「そうだよ、エスティアより少しだけ早く生まれているからお兄さんだね。」
「お兄さん?弟じゃないんだ。」
「弟が欲しかったのかい?」
「うーん良く分からない。でも家族が増えるのは良い事だね父さま。」
「ティア。今日は怖かったろ?父さまと一緒に帰ろうな。」
「うん。フィルもだね。」
すっとエスティアの手がフィルシークに差し出されたが、その前の言葉が気になって思わず聞きなおした。
「フィル?」
「うん。私はティアでしょ?だからフィルシークはフィルね。」
「あぁ、そうだね。よろしくティア。」
フィルシークはエスティアの満面の笑みに、失ったはずの温かさを感じその手にそっと自らの手を重ねた。
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