第13話 運命の出会い


 イルガーナ王国それはラジェット王国に隣接する国の1つ。ノーム大陸に近く雪や氷に閉ざされることが多く、北に行けばいくほど寒くなりコートが手放せなくなる。

 冷たい気候故に海産物は身が引き締まっていて美味しいと専ら評判である。寒い土地ではあるが漁業と畜産に力を入れている。

 また、繊維業が盛んで、毛皮を扱えばサラマンダー大陸一と言われているほど。

 この国の国王は代々魔術に適性があり、かつて初代国王であるイルガーナは勇者のパーティきっての魔導師であったとか。

 その血が残っているのか、この国の王族は強大な魔力を持って生まれてくると言われており、幼いころより魔法の制御を学ばされる。

 マドック・イルガーナ・クレスト国王には正妻であるネスティアと側室にエレーナが居る。マドック国王は特に側室を愛しており、第一王子ダッチェスを設けたが何者かに毒殺されてしまった。

 正妻との間にも一人の息子がおりルアンという。彼が実質イルガーナ王国の次期国王と目されている。

 そして歳は離れて側室との間に二人目の王子が生まれた。フィルシーク・イルガーナ・クレスト第三王子である彼は側室と慎ましく暮らしていたが、12歳の時にその平穏は壊された。

 第二王子であるルアンが病に臥せった途端、正妻であるネスティアがエレーナとフィルシークに当たるようになっていった。

 それは始めの頃はちょっとしたいじめのようなものだったのだが、だんだんとエスカレートしていった。

 命の危険を感じたエレーナはフィルシークを逃がすことにするが時はすでに遅かった。

 襲いくる暗殺者にエレーナの命は儚く散りフィルシークはそれを目の当たりにしてしまう。

 エレーナの侍女が懸命にフィルシークを守って国外に逃がしてくれたのだが、彼女もそう長くは持たなかった。

 血反吐を吐き泥水を啜りながら賢明に生き延びるフィルシーク。なんとかラジェット王国の王都へと辿り着いたのだが、単身では城に助けを求めるために乗り込む事も出来ずに王都の街で当てもなく彷徨っていた。

 しかし、それさえも長くは続かなかった。

 暗殺者がフィルシークの前に再び現れたのだ。逃げ惑い路地裏に入り込んだフィルシークはすぐに追い詰められてしまう。


 ここまでかと彼が目を瞑ったとき、空から一人の少女が落ちてきた。


 どさりと降ってきた少女に押し倒されてフィルシークは目を瞬いた。


「天使?」


 金の髪に青い瞳の少女。色白の肌と白地に透き通るような淡い新緑薄い生地を重ねたドレスを纏っている。

 まるで絵に描いたような天上の存在を思い起こす姿に自分の状況も忘れる程目を奪われた。


「て、天使なんかじゃないよ?」


 慌てて否定する様子も愛らしくわたわたとする仕草が可愛らしい。

 しかし襲撃者はそんな状況など構わずに襲ってきた。

 少女を庇うようにフィルシークはくるりと少女と自分の位置を反転させた。


「ひゃ!」


「ぐっ!」


 ぐしゃりと刺された背中から嫌な音が聞こえて、生暖かいモノが少女の頬に飛び散る。

 唖然と目を見開いて固まる少女を抱きしめる。

 ごぽりと音を立てて血が口から流れ出た。

 そして毒ナイフであったらしく、強烈な痛みと共に体の力が抜けていく。


「あっ…や…。」


 少女が震えて涙を浮かべる。

 その少女に襲撃者のナイフが付き付けられたのを見たのを最後にフィルシークの意識は闇に沈んだ。


「動くな。口を閉ざせ。」


 漆黒の装束に身を包んだ襲撃者は、エスティアにナイフを突きつけてそう告げた。

 涙を堪えて固まるエスティア。

 生まれてこの方魂状態での魔王一家毒殺事件以来の窮地に体が震える。あの時は魂の状態で体はなかった。

 だからこうして直接殺意を向けられるのは初めてで力をなくした少年をしっかりと抱きしめると震える瞳で襲撃者を見た。


 ダナード 男性 年齢:27歳

 得意属性:なし 苦手属性:なし

 種族:人族

 所属:イルガーナ王国の正妻であるネスティアに雇われた暗殺者ギルドの一員。


 イルガーナ王国の正妻に雇われるなんて…。

 そんな人物に襲われているこの少年は一体何者なのかと思わず少年の情報を確認する。


 フィルシーク・イルガーナ・クレスト 男性 年齢:12歳

 得意属性:風 苦手属性:土

 種族:人族

 所属:イルガーナ王国の第三王子。側室エレーナの息子。


 王子さまがなぜこんな所で襲われているのかなと首を傾げる。

 だが、今も刻々とその命は失われようとしている。

 しかし魔法を使って気づかれたらどうしよう。

 そんなことを考える間もないくらいの状況なはずなのに、エスティアはそんな事を考えていた。

 そして結局気付かれたとしても逃げればいいかとすぐに魔方陣を展開して治療を開始する。『解毒』『治癒』の魔方陣は同時に展開し魔力を注いで命を繋ぐ。

 しかし襲撃者はそんな事をしているなどと気付かない様子で怖くて俯いたままなのだと勘違いした。


「今日ここで遭った事は忘れろ。我々が去ったら速やかにこの場を離れるんだ。命が惜しいなら誰にも喋るんじゃないぞ。」


 襲撃者は毒を盛って死にかけの王子に止めは刺さずに去っていった。

 どうやらエスティアが先程叫んだ事で人が近づいている事を察知したらしい。

 それに今から医療施設に連れて行って解毒をしても、間に合わないことが分かっているのか目的は遂げたとばかりに振り返りもしないで立ち去っていく。

 襲撃者が去った後、エスティアはなんとか窮地を乗り切った思いでいっぱいに成ったが、それよりも治療したのは良いが少年をどうしたら良いのか分からず途方に暮れた。

 だれもそれを教えてくれる者など居ない。

 エスティアはまだ目覚めてから1年しか経っておらず、知識はあっても経験はない。

 このような状況下でどうすればいいのかなんてさっぱりと分からなかった。

 しかしそうは言っても状況は許してくれない。エスティアの声を効きつけた人が向かっているのか声が聞こえてきた。

 だからエスティアはどうすれば良いのか分からないままアタフタしていたのだが、咄嗟に父さまの姿が脳裏に浮かんでその魔力の気配を探る。


「あっちね。」


 魔力を辿ってその場所に転移できるように魔方陣を編んで行く。

 人々が襲撃された場所に辿り着く頃にはその場には誰もおらず、ただ血だけが残されていた。


――――…


 転移先に到着するとどこか応接室のような場所にでた。

 父の唖然とした顔を見つけてエスティアは叫んだ。


「父さま、この人を助けてあげて。」


「え…エスティア?」


「お願い。怖い人たちに襲われていたの。だから守ってあげて。」


 突然目の前に現れた血にまみれた少年を抱きしめた娘を見たアルナスは驚きのあまり固まって動けない。


「何事だ!」


「陛下!ご無事ですか?」


 怒涛のごとく流れ込んでくる騎士たち。

 部屋の中に現れた少女を見て全員が唖然となったが、すぐに侵入者を取り押さえようと動き出そうとした。


「待て。」


「しかし、陛下!侵入者です。」


 彼らを止めたのは紛れもなくこの部屋の主である国王陛下その人だった。


「へいか?へいか…陛下?」


 エスティアは何度か反芻してその言葉の意味を理解した。

 そしてここがどこなのかきょろきょろと見回す。


「ここ、どこ?」


 涙目の娘に頭を抱えるアルナスはとにかく娘の傍に行こうと動いた。

 そしてエスティアの傍に立つと娘の状態を確かめるように見つめた。


「血がついている…怪我をしたのか?」


 その言葉にふるふると横に首を振る。そして少年を見てから口を開いた。


「彼が怖い人たちに襲われて私が飛び出して行ったからそれを庇って刺されたの。その時に血が飛んだんだと思う」


 たどたどしく答える娘が怪我をしていないことにほっと一息ついて、少年の様子を確認することにした。

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