第11話 はじめての魔法
和やかな晩餐を過ごしていた魔王様一家と私。
しかしそれはすぐに破られてしまった。
カシャンと音がしてルフェルスがスプーンを落とした。うとうととしだしたルフェルスはゆっくりと寝息を立てて寝てしまった。
異変に気が付いたアレイスターは慌ててルフェルスの傍に寄ろうとしたが、その隣で食事をしていたマルーン様が突然咳き込んで血を吐いた。
そして異変はそれだけでは終わらない。
アレイスターさまも口から血を吐いて膝を付いてしまった。その腕にはぐったりとしたマルーン様をなんとか支えて苦しそうな表情を浮かべている。
「がはっ。な、なんじゃこれは。」
【い、痛いよ。何これ?まさか毒?】
血を吐いてルビーが傾いで行く私はルビーと感覚を共有していたので痛みも同じように受けていた。唖然として先程の晩餐を見つめる。
そんな中、扉を開けて入って来た者がいた。
「カル、タロフ…。」
「魔王様、今夜の晩餐は如何でしたか?」
「お、まえが…。」
「えぇ。平和なんて寝ぼけている事を言い続ける貴方に飽き飽きしましてね。安心してください。ルフェルス様を次期魔王としてしっかりと私が教育して差し上げますから。」
「き、さま…平和を。」
「今までずっと耐えてきました。ですが、もう我慢の限界です。この件は厨房に昨日入ったばかりの人族が行った事になっていますのできっと、ルフェルス様は人族を憎んで滅ぼしてくださることでしょう。そして我々の失った大地を取り戻すのです。」
「ぐっ…ばかな…。」
「くく、そろそろ時間ですね?ではゆっくりとお休み下さい陛下。」
そしてルフェルスに近づくカルタロフ。
私はルビーと同調して痛みを受けてはいたが動け無い事は無い。
沸き上がってきたものは怒り。
その怒りが私の魂のそこにある魔力を引き出した。
ぶわりと魔力の風が部屋の中に沸き上がる。
「な、なんだ?」
ルフェルスに手をかけようとしていたカルタロフは突然の事態に驚き周囲を見渡す。
だが、そこには毒によって弱った魔王とその妻、そして子供たちしか居ないはずだ。
【許さない。お前は私の大切な友人とその家族を傷つけた!】
びしりと歪な音が自分の中で響いた。
だが、今はそれにかまけている暇は無い。
「なんだ、この声は」
魔力の風は魔王一家を包んで結界を形成する。先程までさっぱり分からなかった魔力の扱いが今は自然とできていた。
そしてすぐに治療を開始する。
魔力の粒子を編んで魔法陣を形成する。『解毒』『治癒』二つの魔法陣を同時に4人に対して起動させる。
「な、魔法が…まさか毒を?」
治療が始まったと気付いたカルタロフはその場に留まるのは危険だと判断してすぐに逃げ出した。
悔しいけど追いかける事はできない。
皆の治療が先だからだ。
複数の魔法陣に魔力を供給して治療を続けると無事に解毒が終わり、治療の効果が現れてきたように血の気が戻ってきた。
「…これは。」
いち早く目を覚ましたアレイスター様が驚いたように私を見た。
「魔法を発動できたのか…。」
「んぅ…?」
次々と目を覚ましていく彼らを見てほっと一息ついた。
治療が終わって魔法陣が消えていく。そして現状を把握してアレイスター様はすぐに追っ手をかけたが、カルタロフの姿はどこにもなかった。
「助かったのじゃ。エスティアは命の恩人じゃ。」
「本当ですね。魔法も無事に使えるようになって良かった。」
【ありがとう二人とも。】
「ところで、エスティアはなんか何時もよりも光っておらぬか?」
「本当ですね?なんだか光が漏れているような…。」
【ふぇ?なんだろう。】
「どうやら魔力を使えるようになったから肉体の方に引き寄せられているのかもしれないね。」
「え?それじゃ父上エスティアはもう行ってしまうのかや?」
「そうなるだろうね。」
「そ、そんな!」
「ルビーそんな風に言っては駄目よ。エスティアちゃんは体に戻らないといけないの。」
マルーン様がルビーを優しく慰めて微笑む。
「いつか会いに来てくれるようにお約束しておいたらどうかしら?私たちがこの地から離れる事は出来ないけど、エスティアなら問題なく来られるわ。」
「それはいいですね。エスティアと約束しておきましょうルビー。」
「うむ。分かったのじゃ。エスティア妾達と約束を交わしてくれるかの?」
【もちろん。いつかきっと皆に会いにくるよ。約束だね!】
ウサギのぬいぐるみの中に作りためた魔石をごろごろと落とす。
「すごい魔石の数だね。これ全部エスティアの魔力が篭っている。」
それをルフェルスが拾い上げて中を見つめている。
魔石なのになぜか無色透明の石。
それは私自身の魂を表しているかのようだ。
【それプレゼントに置いていくね。私はきっと持って帰る事は出来ないから。】
「うん。これがあればエスティアの魔力を覚えておけるね。良かったねルビー。」
「うむ。そうじゃ!これさえあれば伝達魔法は何時でも使えるからエスティアが困ったら何時でも連絡をするといいのじゃ。」
【これからも連絡していいの?】
「当たり前じゃ!妾達は友達じゃろ?」
【うん。ありがとうルビー。またね!】
ふわりと光が私の意識を呑み込んでいく。
遠くでまた会おうという二人の声が聞こえた気がした。
白い光に飲まれた私は再び真っ暗な闇の中にいた。
引き寄せられる流れにそのまま身を委ねる。
ゆらゆらと川の流れのように流されていく。
そして気が付くと懐かしい天井が見えた。
「…つ…ぁ…。」
起きようと体を起こすが全く体が反応しない。
手を動かすのさえ億劫だ。
声も掠れてなんだか私の声じゃないみたいだ。
「お嬢様!目を覚まされたのですか?」
目をぱちぱちと瞬かせて覗きこんできた女性を見る。
えっとサラさんだよね?なんだか前に見た時よりもと考えたところでサラさんは飛ぶように扉から出て行った。
「奥様、旦那様!大変です。エスティア様が目を覚まされました!」
大声で叫ぶサラさんの動揺は凄かった。
何事なんだろうと思いつつも、体が動かないので何も出来ない。
せっかくよちよち歩きが出来るようになった所だったのにと考えた所ではっと気付く。以前と違って部屋の調度品が増えている。
赤ん坊だった頃の部屋とはまるで違ってまるで大人の階段を登りはじめた位の年頃の娘の部屋に見えた。
「ティア!目が覚めたのか。」
「あなた…。」
焦ったような父さまと母さま。母さまは涙を目に浮かべて私を見ている。
そして父さま何時の間に私をティアと呼ぶようになったのでしょうか?
全く覚えがありません。なによりも一回りほど歳を取ったように見える二人を見て私は嫌な予感が心を占める。
「良かった。もう目が覚めないかと心配したのよ。」
「ママ…パパ、わたし…。」
「エスティア、貴方は11歳になったわ。もう10年も眠っていたのよ。」
「じゅういち?…。」
嫌な予感は当たるものだ。10年も眠って居たなんて…。
目を白黒させている私にサラさんが鏡を見せてくれた。
長い金の髪に色白の肌。青い瞳の少女が鏡に映っていた。
「こ、れ。わたし?」
首を縦に振ってサラさんは涙を堪えながら鏡を持っている。
鏡の中の私は、私が口を動かすと同じように答えた。
そしてそれ程の年月が経ってしまった事を私にひしひしと伝えてくる。
「ご、めん、ね?」
長い間悲しませてごめんなさいという気持ちを込めて告げると、父さまも母さまもサラさんもとうとう泣き出してしまった。
体が動かないのがもどかしい。
これからまたあの練習を再び行わなければならないと考えると恐ろしくてたまらない。
きちんと生活出来るまでどれほどの年月が必要になるのだろう。
私は先の見えない現実に目の前が真っ暗になった。
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