第4話 和やかな成長


 あっという間に誕生から半年が経過して、毎日よく寝てよく食べる。


 子供の基本だよね。


 現在6か月!やっとのことで言葉が分かるようになってきましたよ。

 ただ、発音ができないので、お返事が相変わらず「あぅあぅー」的な感じになるのはご愛嬌。笑顔でニコニコしていれば何とかなる。

 しかしながら今の私にはニコニコの余裕はありませんよ。


「がんばって!エスティアちゃん。」


 明るく元気な声で応援してくださっているのが母さま。今日もスタイリッシュな肢体を淡い水色のふんわりとしたドレスに身を包み、黄金色の髪を優雅に靡かせて、透き通るような水色の瞳で私を見ていますよ。

 お日様が眩しくカラッと晴れた今日はきっとめでたい日になるはず。


「エスティアお嬢様、頑張ってくださいね!あと少しですよ。」


 一緒に応援してくれているのは赤銅色な瞳がチャーミングなメイドのサラさん。

 今日もメイド服がバッチリ似合っているね。


 二人が何を応援してくれているのかというと…


 ころ、ころ、ころ、ぐらぐら。


 視界がぐらぐら揺れている。うーん。あと少し…


 コロ、コロ、コロン、ぽてん。


 あ、やりました!きょとんとした顔になっている私だが、とうとう初の寝返り達成!

 くるりと視界が回転してやっと下向きになった。


「見てみて!サラさん。エスティアちゃんが寝返りをうったわ!」


「見事な寝返りですエスティアお嬢様!!」


 騒いでいる二人の声が気になったのか父さまが扉からひょっこり顔を出した。


「リリー、何を騒いでいるんだい?」


 父さまの視線は一度母さまを見て、すぐに私に向けられた。


「あ、うつ伏せになっている!」


 父さまと私のきょとんとした目が合った。父さまの灰がかった青い瞳は吸い込まれそうなくらい綺麗だ。口をぽっかり空けているが、そんな姿であってもダンディな父さま。

 ちょっと動けるようになったのが嬉しくて、コロコロと転がっていく。


 コロコロ、コロコロ、コロ…


「あっ!」


 父さまが何か気が付いたように声を出したが、ちょっと遅かったようだ。

 ゴツンと音がして見事にベッドのサークルに頭をぶつけた。


「ふ、ふぁ、ふぁっ…。」


 アワアワとしだした父さまを横目に盛大に泣き出してしまった。あぁ、こんなことで泣くつもりはなかったのに、なぜか我慢できないくらい痛かったのだ。


「ふぎゃぁああ。」


 大粒の涙を流して泣き出した私を母さまが抱き上げる。


「よしよし大丈夫よ。」


 背中をとんとんとあやしてくれている。

 わたわたとして駆け寄ってきた父さまは心配そうに私を見ていた。調子に乗ってすみませんと心の中で謝りつつ、背中のとんとんと優しいリズムが気持ちよく、次第に泣き疲れた私はコテンと寝付いてしまったのだ。

 いや、先ほどはとんだ失敗したよ。大失敗。

 いろんな知識があってもこれでは先が思いやられる。大変お見苦しい所をお見せしましたと反省しつつ、目を覚ました私。

 ちなみにたんこぶは出来てなかったので一安心だね。調子に乗った罰ってやつかね。


――――…


 更に月日は経ち、寝返りでの微妙な運動効果が出来てきたのか、最近少しずつ首が座ってきたよ。しっかり支えてくれるものがあればなんと!お座りが出来るようになったのだ。

 ただ、自力でお座りはまだできない。

 そして嬉しい事になんとミルクから卒業して離乳食が始まったのだ!


 ここ重要だよ。


 今までミルク一色だったのが、他の味を楽しめるようになったということなんだ。ドロドロしたものですがほんのり付いた味をまったり堪能する。

 今は舌が敏感なので濃い味付けや刺激物は口にできないけど、オートミールのようにやわらかな食べ物を口にしていく。


 やっぱり食事は大事だよね。


 歯が生えてきたら齧ったりもできるはずだけど、これはまだまだ先のようですね。うん。小さな子供が食べている姿は愛らしいの一言。

 木でできた柔らかい形状のスプーンから運ばれてくる離乳食を食べていく。

 口の周りがべたべたと大変ことになっていますが気にしないでね。


――――…


 今日も元気にこんにちは!私ことエスティア・シェイズはとうとう9か月になったのだ。


 そして私の目の前には麗しの美男美女でいらっしゃる父さまと母さまがいる。

 はい、何をしているのかと言いますと私のプリティな姿をお披露目中でございますよ。

 前を向いてぷよぷよな手足を使って全速前進!よっせ、よっせと這いつくばっている。何をしているかって?新技が出来るようになったのだ!

 その名も「はいはい」です。そう、とうとうコロコロ運動とお座りを経て、唯一の前方移動手段はいはいを取得したのだ。

 いや、ここまで長かったような短かったような。とはいえ自ら移動手段を得たはじめの第一歩なのだ。大進歩だよ。

 嬉しくて小躍りしたい気分だが、できてせいぜいムチムチの体をウゴウゴするくらいだ。ふふふ。見よこの華麗なる匍匐前進を!いえ、華麗なんて嘘です。

 だって私、カタツムリ並みにのろのろと動いているから。

 カサカサ動くと黒い例のアレのような動きになるので絶対にやらないけど、いずれは今より3倍くらいのスピードが欲しいね。

 ともあれ、今は目標まで必死に頑張るのみ。カメレースもびっくりなエスティアちゃんだ。

 あ、ちなみにカメって動きがめちゃくちゃ早いんだよ実は。公園のカメさんとか人に見つかると凄いスピードで移動できるそうだ。

 いつものごとく話が脱線しているが、気にせずガンバだ。


「エスティア!ほらパパはこっちでちゅよ~。」


 赤ちゃん言葉で父さまが呼んでいる。その横でメイドのサラさんがうっとりと「ほぉー」と擬音が飛び出そうなくらい私を見つめている。

 あぁ、そんなに見られたら穴が開いちゃうよ。

 でも今は必死に移動中。そんなに見られても笑顔を返す余裕はないのだ。


「エスティアちゃん頑張ってママはこっちよ~。」


 母さまも私のことをお呼びだ。二人とも、そんなに離れて呼ばれるとどちらに行けばよいのか迷ってしまう。はぅ。どうしようか。

 父さまの方へ行けばきっと母さまが剥れますし、母さまの方へ行けば初寝返りを見逃した父さまが剥れる。どちらも選びたいけれど、片方しか選べない時が来ることもあるのだ。

 しかし、どうしましょうね。


 1 父さまのところへ向かう。

 2 母さまのところへ向かう。


「どちらに向かいますか?」


 という選択肢が頭に浮かんでいる気がする。気のせいだけどね。

 そして、私が選ぶのは3番だ!

 父さまのところへ向かうと見せかけてメイドのサラさんのところへ到着!


「えー!」


 二人ともポカンとしていますが、私に足をギュッと掴まれたサラさんはもっとポカンお口を開けている。


「ずるい、ずるいぞ!」


 なぜか父さまがメイドにヤキモチ中!

 サラさんは父さまに凄まれて、小さくなってしまった。うん。とばっちりだね!ごめんなさいサラさんを上目づかいに見上げて、へにゃりと微笑んだ。


「エスティアお嬢様…かわいい。」


 ぼそりと小さな声が聞こえましたよ?サラさんって照れ屋さんだね。

 ぽっと頬をほんのり赤く染めて笑顔で私をギュッと抱きしめてくれた。うん。ほんと癒される。

 そこをヒョイッと持ち上げられて、次の瞬間抱き上げられていた。父さまが頬ずりして褒めてくれている。うん。ちょっとジョリッときたよ(笑)痛いですよ父さま。

 なんだかそれをされると無性に髪の毛を掴みたくなる。なんでだろう。

 とっても奇妙な感覚だけど掴んでいいかな、掴んじゃっていいよね。すりすり、すりすり……むぎゅー。


「いてて、エスティア痛い。痛いよ!」


 父さまの少し長めの髪をワシッと掴んで引っ張った。うん。これでスッキリ。


「ふふ、エスティアったら。アル、きっとエスティアちゃんお髭が痛いって伝えたかったのよ。」


「うむむ…。」


 なんだか不服そうな父さまと私の手から父さまの髪の毛救出中しつつ楽しそうな母さま。そして「うわぁ今にも引きちぎれそう」といった何とも言えない表情で父さまの掴まれた髪を凝視しているサラさん。


 今日もそんなこんなでのんびり素敵な一日だ。

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