第5話 次のステップ


 今日も元気にハイハイしつつ体力づくりに励んでいた。


 コロコロ寝返りをうったり座ったりと出来ることが増えるとうれしいね。最近ではハイハイに慣れてだいぶ筋力がついてきたような気がする。

 さて、そろそろ出来るかしらとさっきからチャレンジしていることがある。


 つかまり立ちだ。


 ベッドの柵を利用して、体を起こそうと躍起になっている。2足歩行まではいかなくとも、せめて立てるところまで頑張ろう。

 ベッドの柵を掴んだままぷるぷると足を震わせて、はじめてのつかまり立ちをクリアした!

 そんな私を見て、メイドのサラさんが母さまを呼びに走っていった。

 そして、例のごとく勢いよく部屋の扉が開いた。うちの家って扉を優しく開けられる日は来ないのだろうか。金の髪が目の前にふわりと甘く香る。

 こうして見ると淡い桜のような人だと思う。


「まぁ、まぁ。すごいわエスティアちゃん。たっちができるようになったのね!」


 喜びも露わに母さまにぎゅむっと抱きしめられて抱き上げられる。

 そして再びひょいと元の位置に座らせられるともう一度とアンコールを貰った。


 うんしょ、うんしょ。ぷるぷる。ぷるぷる。スライムじゃないよ?


「キャー!たっち、たっち!エスティアちゃんがたっちしてるわ~」


 ぴょんぴょんと飛び上がりそうな勢いで捲し立てる母さま。

 サラさんは相変わらず横に控えて微笑ましげに見ている。


「この分なら、すぐにでも動き回るようになられますね奥様。」


 そう言って、サラさんは危険なところがないかと部屋を見渡している。


「そうね、立った時に危なくないよう気を付けてあげないといけないわね。」


「今日のうちにでも確認しておきますわ。」


「お願いするわねサラさん。」


 二人のやり取りを聞きながら、部屋の中ではあるが自分で立って見渡せるという快挙に内心ガッツポーズを決めた私だった。

 初のつかまり立ち成功から訓練を続けた結果、すんなりと立てるようになってきた!

 今日もコロコロから座ったり、ハイハイして座ったり、立ったり、お部屋にある玩具をひっくり返してはバラバラに飛び散る玩具を楽しんだり、丸い毬のようなものを投げたりして遊んでいる。


 色々と出来ることが増えて忙しい毎日だ。


 最近では小さな物まで目につくようになり、摘まんで見ているとメイドのサラさんが飛んでくる。すぐに取り上げられてゴミ箱にポイされる毎日だ。

 最近サラさんがやたらと私のそばにいる事が増えたのだが、やはり動き回ることが増えたからだろうか。

 焦げ茶色の髪を今日も大人しめに括って今日もメイドさんらしいメイドだ。

 たまに可愛らしいところも見かけるのだが、控えめな性格ってやつだろうか。

 なんとなくお仕事中という距離感があってちょっとさみしいと思う私。おしゃべりもできないからそう感じるのかもしれないね。


――――…


 そして、とうとう1歳になりました~!


 長かったようで短い1年だ。これから家族みんなで食事だよ。

 食事は基本1日2食が普通だ。昼近くのメインと夜は軽めというのが常。偶にお茶しているので間食もしちゃっているのだが、貴族というだけあってさすがに豪勢だ。

 庶民であれば、冒険者や肉を取り扱っている家でもない限りパンと野菜のスープくらいで終わる所だが、家では肉なども平時出てくるという点で凄いことなのだよ。高級なのだ。

 毎日のようにお肉が食べられるのは貴族位なもの。

 ふふ、私もだいぶ硬いものも食べられるようになってきたので、みんなと同じような食事が並んでいる。

 ちょっと柔らかめに作られた私の専用御飯だ。1歳っていったらこんなものだよね?

 今日もおいしいご飯に感謝をしつつ、いただきますな挨拶を待っている。


 私の楽しみな気持ちが口に出たのだろうか…。


「まんま、まんま。」


 ぎょっとみんながこちらを見た。え、なんかやらかしちゃいましたか?


「エスティア、今なんて…。」


 父さまが思わずポツリと口にした。ん?なんてって何のことかなと首を傾げると、母さまが目をキラキラさせている。


「もっかい、もっかい今のしゃべってみて!」


 ……期待のまなざしがこちらを見ている。


「あぅ、まんま。」


「しゃべった!」


 私はお腹が空いているのだ。催促するようにもう一度口にした。


「まーま、まんま」


「きゃー、ママだって!うれしいエスティアちゃん。」


 母さま感極まって、私をぎゅうぎゅうと抱きしめる。く、苦しい…。

 そして、父さまもキラキラした目でこちらを見ている。うーん。

 今は片言しか喋れないから発音できるだろうか。


「エスティア、パパは?ぱーぱって言ってみて」


「あぅあ、だーだ。」


「パパだよ。パパ」


「だーだ。」


 「ぱ」の発音はまだ難しいみたい。舌足らずな感じでだーだとなってしまったが、自分のことをいってくれたと父さまは嬉しそうだ。

 もうしばらくは「だーだ」でいいや。少しずつ発音できるようにしていこう。

 朗らかなひと時が過ぎ、執事のジィがコホンと咳払いしてやっとこの状況から解放された。ジィというのはお爺さんだからジィという訳ではない。

 この屋敷に使えてくれている執事さんで、名をジィ・アルフォンスという。70過ぎの年配の男性です。白髪交じりの黒に近い深い藍色の髪が素敵なダンディなおじさまでございますよ。海の色の瞳でしっかりと状況を把握し常に気を利かしてくれる。

 ちなみに奥さんのマーサも我が屋敷に仕えており、メイド頭として日々奮闘しているのだ。

 テキパキと仕事を振る様子は様になっていて、メイドの鏡ともいえる女性ですが、よくよく観察していると、とてもおおらかな性格で面倒見がよいことが伺える。

 では、中断したご飯を頂くこととしよう。冷めちゃったらせっかくのお料理がもったいないのだ。


「では、大地の恵みに感謝をして、いただきます!」


 そう。ご飯を食べる時の祈りの言葉になぜか地球のそれも日本特有の言葉が入っている。「いただきます」なんてどこから来たのだろう。私の他にも転生者がいたのだろうか。

 もぐもぐとご飯を食べている。最近は一人でスプーンを持つことが出来るようになったので、自分で少しずつ食べていく。

 いっぱい周りにご飯をこぼしてしまうのはご愛嬌ということで許してね。


――――…


 最近はメイドのサラさんがご本を読んでくれるようになった。児童向けのご本として用意してくれたのは、こんなご本だ。


 『光の勇者 聖の冒険譚』


 『聖なる乙女と四大精霊』


 『ラジェット始まりの王』


 なんか1歳に読むご本じゃない気がする。


 この世界の本は高いし、印刷技術が出来ていないからすべて手書きだ。いきなり難易度が高くないでしょうかと思っていたのだが、この世界の貴族の1歳児はこんなものなのだろうか。

 貴族だとやはり庶民にはやはり本は高くても、お金がある分手に入りやすいからだ。

 平民は逆に、識字率も低く文字を理解しているものは少ない。ひどい所では村の中で村長しか文字が読めないなんてこともあるくらいなのだ。その村長も決まった文字しか理解できないとかね。


 いろんな意味で怖いよね。知らないうちに契約して無理難題を言われ、奴隷に身を落とすなんて事もザラなようだし。

 今日は『光の勇者 聖の冒険譚』という本を読んでくれる様子。勇者って漫画や小説でいうところの勇者ってやつかなぁ。しかも、光の勇者って、なんていうか定番だよね。まぁ、せっかく読んでくれると言うので受け取っておきましょうか。

 ちょこんとサラさんを見上げてご本を読んでと催促した。私の顔を見て思わずぽっと赤くなるサラさんは今日もかわいいね。

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