第16話 帰還



その日、とある存在がロードギアの地に降り立った。

こことは違う世界から訪れた、異邦の者。

外見は人間とあまり差異はない。だが、その体格は人外だった。

身長はゆうに三メートルを超え、体重は二百オーバー。

そして、その腰には一本の刀を差していた。



そんな異界の異邦者の前に、一体の剣精が現れる。何の前兆もなく。唐突に。

そして一切の迷いのない動作で、跪く。



「・・・ほう?わかるのか、我がお前達の上位存在と」



「ワレらニ、ごメイレいを」



言葉を発する剣精は、俗にいう変異種と呼ばれる個体。

同族を率いる、群れの長のような役割を果たす。

だが、そんなことを知りもしない異邦者は、気軽に命令を下す。

出会って間もない剣精に。

まるでそれが当然のように。



「お前の指揮下にいる群れを集めろ」



「はっ!」



変異種も、それを迷いなく受け入れる。

そう、変異種は知っているから。

目の前にいる異邦者が己の上位存在だと。

剣精の先へと進んだ進化体だと。



かつて、このロードギアから追われる身となった彼の者たち・・・それが遂に戻ってきた。

彼の者たちはかつて、このロードギアに一大勢力を築いた。世界の半分を支配下に置いて、隆盛を極めた。

だが・・・過去の大戦に敗北し、別世界へと逃れ、放浪する身となった。

あれから幾星霜・・・・・・ようやく、ロードギアへと帰還した。



「永かった・・・。我らは遂に、帰還を果たす。・・・・・・だが、その前に情報収集だ。同時にこの地に橋頭堡を築き、地盤を整えなければ。・・・・・・・・・憎き龍どもめ!今度は負けん!!一匹残らず狩り尽くしてやるぞ!!!」



異邦の者。

彼らはかつて『剣鬼』と呼ばれ、恐れられた存在。

追放されし、復讐鬼。

それらがロードギアの地に降り立つ。

二千年ぶりに。

その事実を知る者は・・・極々限られている。



◆◇◆◇



一週間。

それは長いようで短く。

また、短いようで長い。



安静を言い渡された身で、鍛錬するわけにもいかず・・・。

かと言って他に時間をどう使うべきか迷う日々。



「いっそのこと、ひたすら惰眠を貪るか?」



しかしそれもどうなんだと考え直し・・・結果、村の中を当てもなくただただぶらつくという現状に行き着いた。

・・・・・・こうしてゆっくりとした時間を過ごすのはいつぶりだろうか?

すぐには思い出せない位だから久しぶり、なんだろうな。

思えば、生まれ故郷を出てからひたすら鍛え、戦う日々だったなぁ。

周囲を見回す。

子供が戯れ、女達が噂話に花を咲かせ、男達は下世話な話題で盛り上がっている。

ああ、実に平和な光景だ。

生まれ故郷を思い出させる。何だか、村の雰囲気も似ている。

それこそこの瞬間にも、知り合いと出会えると錯覚するほどに。



「・・・・・・・・・今さらホームシックか?」



一人呟き、自嘲する。

ああ、なるほど。だからオレは、こういう場に近付かなかったわけだ。

どうしても思い出してしまうから。

楽しかった日々を。

そして・・・現実に帰れば虚しさが残る。以前よりもより一層強く。

それを繰り返し、日常に慣れてしまうと、オレはきっと諦観する。

アベルの事を。

家族の事を。

・・・そして自分自身の人生を。



オレはそれが嫌で忌避してきた。平和な日常を。温かい場所を。

だから探した。殺伐とした戦場を。血が流れ、肉塊が転がる冷たい場所を。



「・・・・・・早く戻らないと戦闘勘が鈍りそうだ」



村の喧騒に紛れ、オレの物騒な独り言はかき消される。

平和で、温かい日常。

それにオレは背を向け、その場を後にした。

もうきっと、オレはこの村の中を歩かない。

ここは・・・生まれ故郷に似すぎている。なんだか居心地が悪い。

その日以降、オレは必要最低限、宿屋から出ることはなかった。






それが起きるまでは。



◇◆◇◆



それは突然だった。

剣精の群れが村を襲った。

その数、およそ百。

群れを率いる変異種も確認出来た。

オレは未だ万全な体調でもないのに、宿屋を飛び出した。

剣精に立ち向かえる剣使はオレを除けば村の自警団に属するニ、三人。いずれも下級。しかもまともな戦闘経験はなし。状況は絶望的だった。



しかし事態は刻一刻と悪化の一途を辿るのみ。

覚悟を決め、やるしかなかった。

圧倒的なまでの劣勢。剣精の数に押し切られ、剣使でもない村人がまた一人、また一人と殺されていく。

自警団所属の剣使も、必死に戦っていたが・・・複数の剣精に囲まれ、一方的に弄り殺された。

その間、オレが何をしていたかって?

別に遊んでいたわけじゃない。

変異種と、死闘を繰り広げていたのだ。



下級とはいえ、剣技を使う変異種。

それプラス剣精の身体能力だ。正直、下級剣使のままだったらオレは以前のように為す術もなく死んでいただろう。

だが、今のオレは成り立てとはいえ中級剣使。

苦戦はしたが、変異種と互角に渡り合った。

そして遂に・・・独力で変異種を討ち取った。誰の手を借りることもなく。

ただ、達成感を味わうのは後回しだ。

すぐに残存した剣精を追い払おうとして・・・・・・違和感に気付く。



剣精の統率が崩れていない。

それは異常な事態だった。群れの長であり、指揮官である変異種は既に死んだというのに。

剣精の動きに一切の乱れなし。

これではまるで、最初から別の指揮官がいるかのような・・・・・・まさか変異種が二体?



「有り得ない!?」



思わず叫ぶ。

しかし、そんな有り得ない事態を、容赦なくオレに叩きつけてくるのだ。

忌々しい現実とやらは!!

そのままオレは変異種とのニ連戦へと突入。

そして・・・・・・・・・長い戦いの末、二体目の変異種を討伐。

直後、オレは満身創痍でその場に膝をついた。

呼吸は乱れ、全身傷だらけ。中級剣獣との死闘と同等か、それ以上の死線を、オレはどうにか潜り抜けたのだ。

だが、喜びに浸る時間すら、オレに与える気はないらしい。



変異種が二体とも死んだことで、統率を失った生き残りの剣精たちが、三々五々で散らばっていく。

その流れに逆らう形で、ソレは姿を現した。

姿・形は人間とほぼ一緒だというのに体格が桁違いだ。そして何よりもその身に纏う殺気。

寄らば斬る。

まさにそれを体現するかのような無言の圧力。

一目見て、死を覚悟する。

それほどの格の違いを見せつけられた。



「ほう?たかが人間が角生えを二体とも討ち取ったのか?昔のように、ただ逃げ惑うだけの存在ではなくなったと?・・・面白い」



ソレの口元が大きく歪む。笑みの形に。



「かつての大戦の折にはガタガタ震え、戦う術すら持っていなかった脆弱な虫けらがよくぞそこまで・・・。だが、まだ弱い。我ら剣鬼には遠く及ばん」



剣鬼と自称したソレは、興味が失せたのかオレに堂々と背を向けた。

だが・・・その背中に一片の隙も無し。斬りかかれば、そのまま返り討ちにされる。

その光景が、容易に想像できてしまった。

そうして・・・・・・剣鬼は腰に差した刀を一度も抜くことなく、去っていった。



辺りを見渡せば、人と剣精の死体が無数に転がっていて。


幾つかの家が焼け落ち、泣き叫ぶ子供の声が聞こえた。


ああ・・・。

まただ。

また、オレは守れなかった。



ファラが帰ってきたのは、それから半日後のことだった。






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剣と龍と神 赤っ鼻 @kaname08

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