第15話 休息


目覚めたら、激痛に苦しんだ。

ベッドの上で一人孤独に悶え苦しんでいると、いつの間にか現れたファラが、呆れた表情でオレを見ていた。

な、なんで冷たい目で見つめているんだ?

オレが何かやらかしたのか??



「人間とは思えない悶絶したような声が聞こえて来てみれば、ようやくお目覚め?・・・あれから三日よ?」



「・・・な、なに??三日?いつから?」



「・・・・・・どうやら脳みそがまだ覚醒してないようね」



「そ、それよりも全身が痛むんだが、その理由を知っているか?しゃ、洒落にならんくらいに、痛い」



「まあ、当然でしょうね」



未だに現状を理解できていないオレに、ファラがざっくりと説明してくれた。

あの猿型の中級剣獣との死闘の末、なんとか勝利したオレだがその身は満身創痍。

火のブレスによる全身火傷。拳打による肋骨粉砕。打ち身もろもろ。

剣使でなければ死んでいてもおかしくない状態だったらしい。



「・・・今回も火事場の馬鹿力ってやつで生き延びたわね。正直、あの不利な戦況を覆すとは思ってなかったけど。見事なまでの会心の一撃だった」



ファラがそこまで賞賛してくれるなんて、珍しい事態だ。

出会ってから初めてと言っても過言ではない。



「まあ、勝ったからいいものの、相手に止めを刺さずに意識を失うのはどうかと思うけど」



「うっ・・・」



正論なのでまったく反論できない。



「そんなカインの代わりに、赤刃が止めを刺したわ。感謝しておきなさい」



「赤刃が?・・・いっつ!!?」



てっきりファラが止めを刺したかと思いきや、予想もしていなかった愛剣の名前が出てきたので思わず身を起こしたら激痛が走り、ベッドの上に崩れ落ちた。



「な、なんでそこで赤刃?」



「いや、ちゃんと剣獣が直接喰わないと昇格できないから。勝ったらそこで、はい終わり・・・じゃないから」



「そう・・・なのか?」



「ええ。そして赤刃は無事昇格した。今のアンタは正真正銘、中級剣使。おめでとう」



「ありがとう?」



「何でそこで疑問系?」



ファラが可笑しな奴だと笑った。



「・・・・・・いや、まだそんな実感がわかないから・・・かな?」



「既にその身に活かされているんだけどねー」



「えっ???」



「下級剣使のままだったら、まだアンタは目を覚ましていなかったはずだよ。自己治癒能力、魔素の充填・・・他もろもろ。中級だから三日で目を覚ませたんだ。相棒に感謝しなさい」



そう・・・なのか。

この程度・・・と言うと語弊があるかもしれないが、五体満足で生きているのは赤刃のおかげなのか。



「そ、それで赤刃は?」



「近くにいるでしょう?」



「えっ?」



慌てて周りを見渡すが・・・何も見えない。



「いやいや、まだ呆けているの?アンタが魔素を提供してないのに具現化できるわけないでしょ。ただでさえ火は一定の形を保てない属性で、召喚に不向きなんだから」



「・・・そういえばそう、だったな」



いかん、ファラの言う通りまだ呆けているみたいだ。

確かにその姿は見えないが・・・感じる。オレのすぐ近くにいる。

早く昇級した赤刃をこの目で確かめたいところだが・・・今は無理そうだ。

何せ、自己治癒に魔素を全振りしないと痛みで失神しそうだ。痛覚を切り離せば手っ取り早いだろうが、それはそれで肉体に負荷がかかる。やめておいた方がいいだろう。

とにかく今、オレが出来ることは安静にする事。それしかない。



「・・・すまん。聞くのが遅れたがここは何処だ?」



「あの沼地から一番近い、エバングレズって村よ。規模は大きい方だから宿屋があったのは幸いね」



「ここまでファラが運んでくれたんだろ?ありがとう」



「面倒くさかったけど仕方なく、ね。この貸しは高いわよ」



「ああ、きちんと返せるように頑張るよ」



「ええ、努力して。並大抵のことでは返せないから」



・・・この女、どれだけオレから分捕るつもりだ?

思わず、「ははっ・・・」って笑いが引きつったわ。



「・・・・・・とりあえず、あと一週間は最低でも安静にしておきなさい。自覚はないだろうけど、それくらいの怪我よ」



「・・・わかった」



本音を言えばすぐにでもヴェルジュ樹海に向かいたいところだが、無理をしても余計に時間が掛かるだけだろう。ファラの忠告に従ったほうが利口だ。



「随分と聞き分けがいいじゃない?あの死闘を乗り越えて人間的に成長したの?」



「そんな簡単に成長するか。・・・これ以上、ファラに迷惑を掛けるのはどうかと思っただけだ。こんな状態で旅立てば、必ずオレは足を引っ張るだろうからな」



「・・・わかっているなら結構。良かったわ。無理にでも出立すると言い張られたらどうしようかと悩んでいたから」



「悩む?ファラが?」



実力行使一択だろう、この女なら。

何に迷う必要があるんだ??



「アタシ、手加減って苦手だから。もしかしたら間違えてカインに止めを刺しちゃうかもって、ね」



その言葉にゾッとした。

あ、有り得る。この女ならやりかねない。

無理にでもヴェルジュ樹海に向かおうとするオレを、蹴り飛ばすファラの図。・・・・・・・・・それが容易に想像出来てしまう。

そしてきっと軽い感じで



『あっ・・・・・・あちゃー、やっちゃった。・・・まあ、いいか』



で済ますのだ。

間違いない!断言できる!!



「・・・・・・」



「何よ、その無言は。何か失礼なこと考えてる?」



「ま、まさか!そんなこと、欠片も考えていないよ、うん!」



「ほんとにー?怪しいわね」



ジト目で睨まれながら、オレは必死に冷静さを装う。



「・・・・・・ふん、まあいいわ。アンタが一週間、静養している間はアタシこの村にいないから、勝手に村の外に出ないでよ」



「どこか行くのか?」



「ええ。・・・この近くに姉がいるのよ」



「姉?・・・姉ってあの先に生まれた女姉妹の方の?」



「他にどの姉がいるのよ?」



・・・・・・・・・まじか?

ファラって妹だったのか?すさまじい衝撃だわ。

どう見ても姐さんキャラだろ。みんなの期待を裏切るなよ。みんなって誰か知らんけど。



「へ、へえー・・・ファラにお姉さんが・・・・・・。お姉さんも、さぞかし美人ナンダロウネー」



「なんで語尾が片言?」



い、いかん。動揺が表に出てしまった!?



「ふ、深い意味はないよ。うん」



「・・・そういう事にしておく。近くに来たから、顔だけ見せに行って来るから。カインは勝手に単独行動しないように」



「わかった」



「それじゃあ、一週間後にまた会いましょう」



ファラはそう言い残して、部屋から出て行った。



「・・・・・・一週間の静養、か」



長いと思う?はたまた短いと思うべきか?



「・・・どちらにせよ、オレは着実にヴェルジュ樹海に・・・・・・アベルに近付いている。それだけは間違いないんだ」



一人だけになった部屋で。

自分に言い聞かせるように呟く。


アベル。もう少しだ。もう少しでお前に会える。

だけど・・・会ったらまずは何を言おうか?

そもそもオレは、お前をどう思っているんだろう?

殺したいほど憎悪している?

抱きしめたいほど哀れんでいる?


喜怒哀楽。

そのどれにも当てはまらない感情を、オレは持て余している。

アベルは・・・オレをどう思っているのだろうか?

どういうつもりで、ヴェルジュ樹海で待っているんだ?


再会したら喜ぶ?それとも怒る?未だに中級剣使かと哀れむ?


・・・・・・・・・わからない。


考えても、考えても、答えは見つからない。

それでも。

オレは部屋の天井を飽きずに見上げて考え続ける。

答えのない問いを。



◇◆◇◆



「・・・まさかあの瀕死の状態で生き延び、尚且つ短期間で治癒?・・・・・・最後の候補者だから?」



村の外へ出たファラは、風のように駆ける。

考え事をしながらも、その足取りは軽やかだ。


普通に考えれば、カインに勝ち目などなかった。なのに勝った。

何故?

八割の確率で、カインはあの沼地でその屍をさらすはずだった。

ファラの予測では生存する見込みは薄く、期待などしていなかった。

しかし、現にカインは生還した。

重傷を負ったが、治らない怪我ではない。むしろ格上である中級剣獣を相手にあの程度で済んだのが驚異だ。

まるで・・・



「・・・まるで見えないナニカに守られているかのような」



それほどに出来すぎた結果。

しかし、それを口にしたファラ自身がすぐに鼻で笑い飛ばす。

何を馬鹿なと。



「・・・・・・最後の最後には、きっとあのカインですら他の候補者と変わらない末路を辿る。きっとそうだ。そうに違いない」



まるで自分自身に言い聞かせるように、断言する。



「最後の候補者であろうと関係ない。アタシは・・・カインをヴェルジュ樹海に案内するまでだ」



そうすれば、きっと全てが上手くいく。

そう信じて、ファラは駆ける。

姉の元に。




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