第14話 死闘
炎が舞う。
開戦の狼煙は、視界を赤一色で染めた。
剣獣による先制攻撃。だが、その効果は薄い。
当然だ。今のオレは全身泥まみれ。泥は、熱を通しにくい。
・・・まあ、だからと言って全く無傷かと言われるとそうでもない。熱いものは熱い。しかし、我慢できる範囲であれば、今のところ問題なし。
炎の吐息を突き破り、剣を振り下ろす。
【ちぃっ!!】
まさか真正面から突破されるとは思ってなかったのだろう。
猿の姿・形をした剣獣が慌てて回避。四足歩行で間合いを広げる。
【ぐぬう・・・!ちょこざい!】
完全にオレを格下と見下していた剣獣が、一度たりとはいえ後退させられた事に苛立ちを隠しきれないご様子。
・・・ファラの嫌がらせの為だけにこの泥沼に引き篭もったのが、完全に裏目に出ている。ざまあみろと煽ってやろうか?
【うがあ!】
しかし煽る前に、怒り心頭の剣獣が吼える。
同時に剣獣を中心に魔素が集中。何か・・・デカイのが来る!?
「くっ!??」
剣獣の口から熱波が放たれ、オレの全身をなめる。
直前に鼻と口元を覆って良かった。コレを吸い込んだら体内から焼かれていただろう。危なかった。
泥のおかげで皮膚の方も大した火傷はなし。
だが・・・今の熱波で泥にはもう頼れない。
理由は簡単。熱波によって固められたからだ。泥の粘度が高ければ高いほど耐火性が上がるのだが・・・強引に乾かされた。しかも広範囲を。
表面上だけなら視界一面に広がっていた泥沼を瞬時に乾かせた事になる。
・・・素直に驚嘆し、賞賛するべき力。
これが・・・・・・中級剣獣の力、か。
【かかっ!】
「・・・くそ」
得意げな剣獣の面にイラッとするが・・・自慢するのも納得の力だ。
地形をも一撃で激変させるとか。なんて力技だ。状況は一変した。
さて・・・これからどうするべきか?
オレも火属性を司る剣獣と契約しているので多少の火力なら耐えられるが・・・・・・力負けするのは自明の理。
こちらは下級。あちらは中級。決して超えられない壁がある。その壁を壊すには・・・・・・・・・。
「創意工夫かなっと!」
剣獣が息を吸い、頬をふくらませたのが合図。来る!!
直後に吐き出される火のブレス。最初に放たれたブレスより、いささか火の勢いが強め。
しかし、それはただの目くらましだったようだ。
炎の向こう側から、剣獣がオレ目掛けて突進してきたのがその証拠。
先ほどのオレと同じ手法。
やられたら、やり返すってか!?
オレの目は、拳を今まさに力一杯握りしめる獣に釘付け。
まずい。あの一撃はオレのいま着ている鎧・・・どころか肉体をも貫通する威力だ。それがわかる。わかってしまう。
さすがに常人と比べれば超人と謳われる剣使でも、内臓をやられたら死ぬ。
いや、上級なら死なないか?
・・・どうでもいいが、下級のオレには間違いなく致死の一撃。
ならば・・・・・・死なない事を祈って、一点強化だ。
【しゃあっっ!】
突き刺さる。
そう表現しても過大ではない。
剣獣の一撃は、オレの予想通りの位置に叩き込まれた。
魔素を一点集中して強化した腹部に。命中率の高い、的が大きい腹部狙い。読みどおりだ。
だが、攻撃の際に生じる衝撃までは相殺できない。結果・・・オレの肉体は吹き飛ばされる。遥か後方に。
長い・・・いや、短いのか?
ともかく主観的には長い滞空時間は終わりを告げ、オレは地面へと接触する。
殴り飛ばされた勢いそのままに。
転がる。
転がる。
転がる。
転がる。
転がる。
転がる。
転がる。
転がる。
ころが・・・・・・。うん、どうやらようやく停止したらしい。
衝撃のせいか。はたまた遅れてやってきた痛みのせいか?
オレの思考に空白時間が・・・。
「げぼつっつ!!?」
猛烈な吐き気と同時に、盛大に吐血した。
うげえ・・・・・・。こんなに血を吐いたら剣使でも死ぬだろって量だ。それとも・・・人間は意外にもこの位は平気なのか?
とりあえず・・・強化したおかげで腹に風穴が開かれなかったのは幸い、か。
居るかどうかもわからない神に祈ったおかげか。
ただ単にオレの運が良かったのか?
どちらにしても、オレは今この瞬間も生きている。・・・とりあえずだが。
剣獣のフルスイングのパンチ一撃でこれか。
衝撃だけで肋骨が何本か折れて・・・いや、粉砕されたか?
痛覚を早めに切り離して正解だったな。遅かったらショック死していただろう。
震える膝を叱咤して何とか立ち上がるが・・・すぐに崩れ落ちた。
・・・・・・・・・くそ、休んでいる暇はないっていうのに。
「はあ・・・はあ・・・」
呼吸が荒い。回復が追いつかない。
・・・殊更ゆっくりと、格の違いを見せ付けるように、剣獣が浮遊したままこちらへ接近してくる。それが今はありがたい。
【あきらめる?しぬ?しんじゃう?】
勝者を確信している剣獣が、何やらほざいている。
生憎とオレは諦めが悪い。虚勢をはる意味合いも兼ねて・・・・・・ゆっくりと立ち上がる。
「死なねえよ」
【???】
確実に仕留めた、もしくは戦闘不能状態だと思われたオレが立ち上がった事に、剣獣が不思議そうに首を傾げている。
猿の外見のせいか、表情豊かだなコイツ。
とりあえず・・・まだやれるという意思表示をこめて、しんどいのを我慢して剣を構える。それだけで息切れしそうになるが気合で我慢。弱みを見せれば、あるいは悟られたら一気に押し切られる。
【・・・・・・】
無言で吐き出される剣獣の火のブレス。
それを何とか、なけなしの魔素を剣に込め、耐えようとしたが・・・防いだ際の衝撃だけでよろめく。
まずい。非常にまずい。今現在のこの不利な戦況を覆す手が思い浮かばない。一つも。その取っ掛かりすらも。
かと言って、対峙している剣獣はこちらを逃がす気なんて皆無。生き残るには・・・・・・己の力のみで成し遂げるしかない。格上の中級剣獣殺しを。この手で。
今にもその場に座り込みたい、楽になりたいという誘惑を撥ね退け、オレは剣を握り締める。同時にありったけの魔素も剣にこめる。ただただ斬撃に特化させるだけの強化。繰り出すは捨て身の一撃。
我ながら自暴自棄かと呆れてしまう選択だが・・・他にあの中級剣獣を倒す術がない。
ゼロか一か。生きるか死ぬか。勝つか負けるか。
結果はどちらか一つ。実にシンプル。赤子でもわかるほどに。
【・・・!】
こちらの決死の覚悟を感じ取ったのか、剣獣がわずかに警戒するかのように身構えた。
だが・・・格下相手に馬鹿馬鹿しいと思ったのだろうか?
警戒を解き、こちらを見下すように笑みを浮かべる。
そうだ。それでいい。
オレを格下と侮れ。油断しろ。
今のオレは誰がどう見ても瀕死の雑魚。警戒するのもアホらしい。
何を企んでいようとも、正面から叩き潰す。
・・・そんな相手の思考すらも読み取れるくらい、オレは集中した。
一秒が、幾つも細分化できる感覚。
そして、不意にその時は来た。
合図もなく、剣獣が動く。オレは、それに合わせて動く。
半ば無意識に。意識よりも、体が動くままに任せる。
先制は剣獣。
吐き出される火のブレス。威力は今までで最大の範囲。最強の威力。
逃げ場などなく、オレはブレスに呑み込まれる。
だが、オレはその場を動かない。もとより逃げ場がないなら動くだけ無駄。むしろ慌てて回避行動に移れば隙をさらすだけだ。だからオレは・・・火のブレスに包まれたまま、一歩も動かない。剣を構えたまま不動を貫く。
さすがにその場を一歩も動かなかったオレに、剣獣は面食らっただろうが・・・構わず止めの一撃を刺そうと拳を握り締め、正面から来る。
そして、予測通りに火のブレスを掻き分けて、剣獣はやってきた。ノコノコと。
今度はしっかり殺すつもりで、オレの顔面・・・否、頭部を目掛けて拳を振りぬく。
その一つ一つの挙動が、オレの目にハッキリ見えていた。
だからオレは事前に脳内で決めていた動きを行動に移す。
【・・・・・・・・・あっ?】
オレの斬撃は火の海を切り裂く・・・なんて無駄な力はこめていない。
ただ、目の前の剣獣を斬る。それだけに全神経、全力を注いだ。
だから、それしか斬らない。いや、斬れないと言うべきか。
余力があれば火のブレスごと叩き切ってやったんだが、生憎と今回はギリギリの勝利。それ以上を望むのは傲慢だ。
だが・・・・・・
「勝ちは勝ちだ」
そしてオレは意識を手放す。
◆◇◆◇
「へえ・・・本当に勝ったよ」
カインと剣獣の決闘を観戦していた紅髪の美女・・・ファラが感心したように呟く。
勝率は良くて二割以下だと思いつつ見守っていたが、まさか勝つとは。
【があ・・・ぐがあ・・・・・・っ】
往生際悪く、上半身と下半身を両断された剣獣が地面を這いつくばっている。
さすが中級と褒めるべきか。その生命力は侮れない。
ファラ自身、惚れ惚れするようなカインの後の先の一撃。恐らく、直接対峙した剣獣は今なお何故、自分が地面を這っているのか分かっていないだろう。意識が現実についていけていない。それが今の有様を見ていればわかる。
「格下と侮ればこうなる・・・。いい教訓だよ、ほんと」
ファラが上半身だけとなった剣獣の正面に回りこんで、その進路を阻む。
【・・・た、たすけ・・・・・・】
哀れみを誘うように手を伸ばす剣獣。
確かに、今この瞬間ファラが猿型の剣獣と契約すればその命は助かるだろう。だが、ファラは助ける気など毛頭ない。進路を塞いだのは、決闘を見届ける役回りだからこそだ。それ以上の意味はない。
「アタシは助けもしないし、逃がしもしない。ただの観戦者。そして見届け役。・・・ほら、さっさとこの《猿邪焔》を喰らえ。カインの・・・確か《赤刃》だったっけ?」
ファラに急かされるように、赤刃がその姿を現す。
下級ゆえに姿・形が不確定だが、何らかの獣のようなナニカが確かにそこに具現化した。
【・・・・・・】
喋る言語能力さえない赤刃は、倒れている契約者のカインの傍に立つ。
思考能力というより、自我があるかさえ怪しい存在だが、ファラは構わず両断された剣獣を喰えと再度促す。
【・・・・・・】
やり方は知らずとも、本能はわかっているのだろう。
赤刃は、促されるままに己より格上の剣獣に近寄り・・・食事を始めた。
血肉、というより剣獣の存在核である剣を喰らい、赤刃は更なる高みへと昇るだろう。
「カインが目を覚ましたら反応が楽しみだな」
ファラが赤刃の食事を眺めながら、愉快そうに口元を歪める。
こうして、一つの中級剣獣の命は喰われ、新たな中級剣獣が生まれた。
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