第13話 昇級


剣獣の姿・形は多種多様。

だが、名前のとおり獣ということだけは共通事項だ。

そして、嫌がらせの為だけに泥沼に居着いた件の剣獣の外見はというと・・・



【はははははっ!ひひひひひっ!】



猿だった。ただし、その身に赤黒い火を纏い、二つの尻尾が左右に揺れているが。

そして何が面白いのか、笑いを絶やさず、こちらを見ている。・・・気のせいでなければ、全身泥まみれのオレを。

うん、なんか無性にイラっとするわ。



【ふふん?】



「・・・喧嘩腰になるな。奴は、そういう気配には敏感だぞ」



ファラが忠告してくれるが・・・いや、もう既に第一印象最悪だろ。

あいつ、完全にオレを見下しているぞ。

幾ら替えがきく部品扱いだろうと、ここまで見くびられていては共に戦うことなど出来ない。

最悪、戦闘中に裏切られる可能性も高い。

それにこう言っては何だが・・・アレは、オレとの相性が悪そうだ。こうして対峙しているだけでもわかる。感覚的に、合わない。

少なくとも、アレに背中を預ける気にはならないし、そもそも預けたくない。

今より更なる強い力は欲しい・・・が、アレと契約してまで欲しくはない。こちらの足を引っ張る気満々だぞ、あいつ。



【ひひひっ!くかかかかかっ!】



ご名答と言わんばかりの反応だ。どうやら、あいつもオレとの契約は嫌がっているようだ。ファラには悪いが、無駄足だったか。



「・・・・・・反りが合わないようね。一言も交わしてないのに、随分と険悪なムード」



ファラも言外に察したのか、やれやれと髪をワシャワシャ弄っている。

頭が痒いわけではなく、付着して固まりかけている泥をとっているのだろう。・・・うん、その様子を見てますます罪悪感を感じてしまう。



【かえれ、かえれ、かえれ】



剣獣の方は無邪気に帰れコール。

よし、帰ろう。そう思って踵をかえしたのだが、意外にもファラが呼び止める。

これ以上、この場にいても無駄だろうに、どういうつもりだ?

それよりも早くこの泥まみれの状態をどうにかしたいんだが。

それを目で訴えるが・・・



「まだ用件は終わっていない」



と言われたので、大人しくファラに向き直る。



「・・・しかしファラもご覧のとおり、オレとあの剣獣はお互いに合わないぞ?それでもまだここに残る意味が・・・・・・」



「ある」



・・・そう言われてしまえば、それ以上の反論は封殺されてしまう。



「■■■■■■・■■■」



オレには理解できない言語で、ファラが剣獣に語りかける。



【んん?】



ファラの呼びかけに反応した剣獣が、訝しげな表情を見せる。

だが、幾つか会話のやり取りをしていくと、目に見えて剣獣のテンションが上がっていくのがわかる。

なんだ?どうなっている?

一人蚊帳の外のオレは、置いてきぼりだ。

それからしばらくして、ようやく会話がひと段落したのだろう、ファラがオレに近寄ってくる。



「・・・なんだか、剣獣のテンションがおかしい事になってるが、どうしたんだ?」



「交渉して、幾つかの取り決めを話し合ってた」



「内容を聞いても?」



「もちろん構わない。なにせ、アンタが物事の中心だからな」



「・・・・・・オレが?」



意味がわからんぞ。

それでなんで剣獣のハイなテンションにつながる?

オレもあいつも互いに嫌悪しているはずだが?



「今から、アレと戦ってもらう」



「・・・・・・・・・・・・はっ?」



「手加減なし。正真正銘、命の奪い合い。向こうは殺す気でくるから、油断したらすぐ死ぬかも。気を抜かずにね」



「えっ・・・ちょ、マジ??」



「マジもマジ。・・・力を手に入れたいんでしょ?おあつらえ向きでしょ」



「・・・・・・」



・・・相手は中級剣獣なんだけど?

ガチでやり合った場合、地力は圧倒的に向こうが上なんだが。

なんだ?ファラは遠まわしにオレに死ねと言っているのか?



「例え死と引き換えてでも、強大な力が欲しいんでしょ?なら・・・求めた結果がアレ。アレを倒したら、あの力が手に入る」



「・・・万が一勝てたとして、大人しく従属するか、アレ?」



「なにも従属化させなくてもいいんじゃない?」



「どういう意味だ?」



「あれ?知らないの?・・・今、アンタが契約している剣獣に喰わせればいいじゃん」



「・・・・・・・・・喰わせる?」



「うん」



「・・・・・・・・・何を?」



「だから、既に勝った気で浮かれているアレを」



ファラは、小躍りして盛り上がっている猿の剣獣を指差す。



「・・・・・・・・・・・・喰わせると、どうなる?」



「アンタの剣獣は下級でしょ?だったら昇級して中級に繰り上がる。・・・アンタは気に食わない剣獣と契約せずに、中級の力を手に入れることが出来るってわけ」



「そんなこと、可能なのか?剣獣は進化も退化もしないんじゃ・・・」



「んなわけないじゃん。剣獣だって生きているんだから。まあ、昇級できる剣獣自体が稀なんだけど。ちなみに、未契約の下級剣獣が自力で上級まで昇級した個体も存在するらしいね。直接みたわけじゃないけど」



「・・・それは、同族を喰らって?」



「もちろん。そうしないと、昇級できないらしいし」



「・・・・・・何故、そんなことを知っているんだ?誰も知らない世界の理だろ、それ」



「そう?意外に知っているよ。例えば・・・剣神、とか」



「!!?」



・・・何故だろう、聞いてはいけない事を聞いてしまった気がする。

決して覗いてはいけない、世界の深遠を垣間見てしまった・・・・・・そんな感覚だ。



「一番手っ取り早いのは、アンタがアレとすんなり契約できれば最速だったんだけど・・・それが出来ないなら出来ないで、手段はあった。アンタが元々契約していた剣獣を昇級させればいい。手間はかかるけど、結果は同じ。ただ・・・アンタが死ななければ、だけど」



「アレは・・・オレが殺せるかもしれないから、あんなにご機嫌なのか?」



既に勝った気でいる中級剣獣は、実に上機嫌。今にも鼻歌まじりにスキップする勢いだ。



「それもあるけど、アンタに勝てばアタシと契約できる特典が付いてるから、かな?」



「なに?」



ああ、だからか。なるほどと納得できた。

以前、アレはファラとの契約を断られている。それがオレを殺せば契約できると言われれば・・・あそこまで盛り上がる気分も、理解はできる。

ようやくファラと剣獣の交渉内容に合点がいった。



「いいのか?ファラと元々契約している剣獣が嫌がるんじゃ・・・」



話を聞くに、どうやらリスクを負うのはオレだけではなく、ファラも同様。

なぜ、ここまでしてくれる?

純然たる疑問だった。



「そういう心配は、アンタが勝てば無用の長物」



ファラは、理由を言う気はないらしい。少なくとも、今は。

個人的に、色々と聞きたいことが山積みだ。

なぜ、剣獣のことに関して詳しいのか?

剣獣と交わしていた意味不明な言語は?

そもそも案内人とは何だ?

ヴェルジュ樹海まで案内を頼んだ人物とはどんな関係だ?

アベルに会ったことはあるのか?

・・・・・・疑問は尽きない。

だが、今はとりあえずどうでもいい。

あの猿の剣獣との殺し合いを生き延びなければ、意味のない事柄だ。



「・・・そうだな。さて、と。負けられない理由が増えたな」



オレ自身、アベルと再会するまで死ぬ気はない。

だが、ファラの賭けの内容を知った今・・・ますます負けるわけにはいかなくなった。

ならば、喰わせてもらうとしよう。

あの子憎たらしい剣獣を、オレの愛剣の糧にしてやる。




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