第12話 剣獣
中級剣獣。
自我が芽生えた、一つの生命体。
自我という認識すら怪しい下級剣獣より、遥かに強い力を誇る。
自我の芽生えは、契約を結ぶ対象を選り好みする・・・などの追加条件が生じる結果につながった。
それは単純な強さという言葉だけでは片付けられない。
契約する人間の品性を重視する個体もいれば、将来性を見据える個体も存在する。もちろん、力が強い、頭がいいという単純な部類で選ぶ剣獣もいる。
ようは、それぞれ。
契約条件が厳しい剣獣も、もちろんいる。
中級でも、上級なみの厳しい条件をつきつける個体もいれば、随分と条件が緩い上級剣獣もいるらしい。・・・実に稀な例ではあるが。
そしてこれからオレがファラに紹介される予定の剣獣は・・・気難しいタイプらしい。
まあ、元をたどればその剣獣はファラと契約したがっていたのだ。それが違う人物を薦められて大人しく了承するかと問われれば・・・無理だろうな。
オレが剣獣の立場でも、嫌だろう。
・・・・・・ファラとの契約を断られた結果、辺境に篭ったとも聞くし。
交渉は難航するだろう。もしかしたら、会うことすら拒否される可能性も高い。
全てはファラの取次ぎ次第・・・。
随分と他人任せだ・・・などと嘆きたくなるが、オレ個人の力では会うことすらできないのだ。こうなれば縋れるものには何でも縋るの精神。頼るのなら、とことんまで頼る。
ただし、最後の最後はオレ次第とも忠告を受けた。
『結局、最終的には剣獣がカインという個人を見て是非を判断するから。・・・無理ならキッパリ断言される。ほら、人間同士でも生理的に無理ってパターンもあるし?その時は潔く諦めなさい。しつこいと、物理的に殺されるかもね』
『おいおい、物騒だな。・・・まあ、人間と同じ感覚で接するよ』
『それが賢明かも。気難しいヤツもいれば、気のいいヤツもいる。確かに、人間と同じね。・・・・・・人間よりも気まぐれで、力が有り余っているけど』
『・・・いきなり攻撃されないだろうな?』
『あー・・・・・・・・・そういうヤツもいる、かな。』
『・・・不穏だな』
『んー・・・よほど第一印象が悪くなければ、大丈夫・・・・・・かな?』
道中、そんな会話を交わしながら、剣獣が篭るであろう地に到着した・・・のだが?
「・・・・・・本当に、ここにいるのか?」
「ああ。まだ契約者を定めていなければ、間違いなく」
そこは何もない沼地だった。
見渡すかぎりの泥、泥、泥沼。
ファラが言うには、泥沼しかないので野生の動物も近寄らないらしい。もちろん、人間も。
むしろこんな所に近付く物好きはいるのか?
「一面、茶色一色だな」
辟易するぐらいに、泥沼が視界いっぱいに広がっている。
「迂闊に沼地に入らないようにね。そこら辺に底無し沼が点在してるから」
・・・ファラのありがたい忠告に、ますます気分が滅入る。
なんでこんな辺鄙なところに篭っているんだ、件の剣獣は?
確かにここなら誰も来ないだろうけどさぁ・・・・・・。
「ファラに言い寄ってきた剣獣なら、属性は火・・・だよな?なんでこんな嫌がらせじみた泥沼に?」
「・・・実際、嫌がらせなんじゃない?」
「はあ?・・・自分に会いたければ泥まみれになって汚れろと?」
「・・・アタシに対して、ね。契約を断ったことを未だに根にもってるのかな、この調子だと」
「今も?」
「そう。現在進行形で。・・・しょうがない、泥まみれを覚悟して進むとしよう」
やれやれと言いながら、ファラが沼地へと踏み入る。
「お、おい。何だったらオレだけで行くぞ?このまま進めば、いずれは出てきてくれる・・・・・・」
「保証はなし」
やや食い気味で、ファラがかぶせてくる。
「多分、あいつはアタシが泥まみれにならないと、ずっと姿を現さない。そういうタイプ。だから、気遣いは不要。・・・ほら、アンタもさっさと付いてきなさい。底無し沼に嵌っても、助けてあげるから」
「・・・・・・・・・話を聞けば聞くほど、仲良くなれるタイプの剣獣じゃないな」
「心の底から同意する。けど、中級としてはソコソコの力を持っているのも事実だし。契約したいなら、我慢しなさい」
「契約できる確証はないけどな」
「でも、会わないと話しすらできない。泥まみれになるのは必要経費と割り切って。・・・まあ、その原因はアタシなんだけど」
「あー・・・。なんかスマン。皮肉とか嫌味のつもりでは・・・」
剣獣との契約はオレ個人の我侭みたいなもんだし、ファラが付き合う義理も道理もない。しかし、ファラがいないと会話のキッカケすら与えられないのも事実。
難儀なものだ。
「わかってる。・・・そこ、気を付けて。わかりにくいけど、底無し沼がある」
「あ、ああ。ありがとう」
そんな感じで・・・何だかお互い微妙な空気で泥沼を突き進む。
時々、足をとられ、転びそうになりながらも、歩みを止めない。・・・砂浜ほどではないが、足元は随分と不安定だ。その分、疲労も蓄積する。
この沼地に引き篭もった剣獣の狙いが嫌がらせの一環であるなら、目的は充分に達成している。なんて、意地の悪い場所を選ぶんだ!
オレはともかく、ファラの綺麗な紅の髪に所々、泥が付着している。髪だけではない。白い外套はさすがに脱いでいるが、服は飛び跳ねた泥だらけだ。
・・・ああ、早く水で汚れを洗い落としたい。
顔を顰めながら、歩く。歩く。歩く。
不意に、先導していたファラが立ち止まった。前方に大きい底無し沼でもあったのか?
「どうした?」
ファラの隣に立ち並び、周囲を見回す。
・・・・・・うん、見事に何もない。一面泥沼。前後左右、全部が泥沼。
帰りのことも考えると、中々に憂鬱だ。
「・・・・・・」
ファラが、無言で足元の地面を睨んでいる。
オレも同じ場所を注意深く注視するが・・・・・・・・・うん、何も見えん。違和感の類もなし。どうしてファラが眉をひそめているのかもわからん。
「ファラ?」
「・・・!さがって!!」
ファラの叫びと同時に、地面が爆ぜた。
「・・・えっ!??」
突然のことに意識はともかく、体がついていかない。
意識ではさがらないと・・・と思いつつ、体がまるで動かないのだ。ただ、それでも時間は無慈悲に流れる。決して、止まらない。
結果的に、反応が遅かったオレはもろに降りかかる泥を全身で浴びた。
容赦なく、ビチャビチャッと。
「ぺっ!ぺっっぺ!・・・うげ、っ泥が口の中にまで入った・・・・・・」
オレの惨状に、いち早く泥の雨の範囲から離脱したファラは、同情の眼差しを向けている。
うん、想像以上に今のオレはヒドイ状態らしい。・・・むしろ、無事な箇所はあるのか、これ?
【あははははははははははははっ!】
人間では出せない音域で、笑い声が木霊する。
・・・どうやら、悪戯好きな剣獣のお出ましらしい。
「・・・ようやく出てきたか。さっきからコソコソ隠れているのは分かっていたけど。つまらないことを」
【つまらない?おもしろいよ?だってどろだらけだよ?】
拙い言葉遣いながら、下級とは違い確立した自我をもっているのが、ファラとの会話でもわかる。
どうにも、強大な力を持つには無邪気な性格らしい。
オレは誰にもバレないように、小さく溜め息を吐いた。
・・・・・・オレ、子供苦手なんだよなあ。
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