第11話 過去
ああ、またか。
すぐにわかった。わかってしまう。
これは夢だ。
オレの忘れ去りたい、過去の夢。
戻りたいような・・・けれど戻りたくないそんな過去。
そこには二人の幼子がいた。
「ねえ、おにいちゃん」
「ん?どうした?」
「けんりゅうって、ほんとにいるのかな?」
「いきなりだな。・・・いるんじゃないか?剣神だって実在しているみたいだし」
「けんしん?」
「知らないのか?」
「うん。ねえねえ、けんしんってなに?」
「やけに食いつくな。興味あるのか?」
「うん!はやくおしえて、おにいちゃん!」
「わかった。わかったから服をそんなに引っぱるなって。・・・剣神っていうのは、剣使のなかでも物すごく強い人間だけがなれる・・・・・・称号みたいなやつらしい」
「しょうごう?」
「うーん・・・何と言えば伝わるのか・・・・・・。剣使が目指す最終目標というべきか?とにかく、強いってことだ」
「おとうさんや、おかあさんよりも?」
「ああ、もちろん。父さんも言ってたぞ。自分なんかとは比べられない程に強いって」
「へえー!すごいね、けんしん!!」
「うん、すごい。あの父さんよりも強いらしいからな。・・・それでな、その剣神になるのに認められるには、剣龍を倒すことが条件らしいぞ」
「けんりゅうを?」
「うん。そうしないと、みんなが剣神だって認めてくれないらしい」
「ふーーん・・・じゃあさ、じゃあさ。ボクとおにいちゃんでけんりゅうをたおそうよ!それでね、ふたりいっしょにけんしんになろうよ!」
・・・なんて、純粋なまでの願望。
子供だからこそ言える、夢物語。
「二人一緒に?・・・なれるかな?」
「きっとなれるよ!」
根拠などない。けれど、断言する。断言できてしまう。
現実を知らないから。だからこそ、夢物語を簡単に口にする。
「うーーん・・・・・・まあ、なれる・・・かも?でもなあ、剣龍もすごく強いらしいぞ」
「おとうさんよりも?」
「父さんよりも」
「だいじょうぶ!ボクもおっきくなったらおとうさんとおなじくらい、つよくなるから!おにいちゃんとちからをあわせれば、きっとけんりゅうもたおせるよ!」
「わ、わかった。わかったからそんなに興奮するなよ。そうだな、一緒に戦えば剣龍だって倒せるよな」
「うん!ぜったいにたおせる!」
「でも、剣龍ってどこにいるんだ?すみかを知らないと、倒せもしないぞ」
「だいじょーぶ!ボクにまかせて」
「すごい自信だな。何か知っているのか?」
「おかあさんがいってたよ。ねるまえに、ごほんをよんでくれた」
「それってただの絵本じゃ・・・・・・」
「それでね!それでね!おおきいりゅうはね、えっとえっと・・・べるじゅじゅかいってとこに、おうちがあるらしいよ」
「・・・もしかして、ヴェルジュ樹海か?」
「えっとね、となりのとなりの、そのまたとなりのくににあるんだって。すごくすごくひろいもりだって」
「へえ・・・。しかし遠いなあ」
「だいじょーぶ!おっきくなったらすぐだよ。ひとっとびだよ」
「ははっ、ひとっとびか。なら近いもんだな」
「でしょでしょ!!」
「よし。なら大きくなったら二人で一緒に龍を倒すか!」
「うん!!」
「そして二人で一緒に剣神になるんだ。父さんや母さんもビックリするぞ」
「むらのみんなも?」
「もちろんさ。アレクやデュラン、マリーおばさんにトーマス爺ちゃんだって驚くぞ!」
「よーし、がんばるぞお!!」
「はいはい、二人とも。頑張るのはいいけど、まずはおかずの好き嫌いをなくしなさい。ニンジンやピーマンを残すと、お父さんみたいに強くなれないわよ」
「おかあさんよりも?」
「もちろん。剣龍はものすごく強いから、二人とも好き嫌いがあるままだと、ぜっっったいに勝てないわね」
「うー・・・・・・。ボク、がんばってニンジンたべる」
「ピーマンもね」
「う、うん」
「いい子ね。・・・カイン、あなたもよ」
「うげー!?」
・・・・・・・・・平和なひと時。
あの時は、こんな時間がずっと続くと思っていた。
ずっとずっと・・・。
◇◆◇◆
運命の日。
全てが決定的に壊れ、変わり果てたあの日。
既に前兆はあった。
ただ皆、見ないように・・・直視しないように、気付いていないフリをしていただけ。
来るべくして、来てしまっただけ。
あの日。
雷鳴が鳴り響く豪雨の深夜。
悲劇は起きた。
村で最強と評判の剣使だった父と、それに劣らない実力をもつ母が、たった一人に呆気なく殺された。
ピクリとも動かない二人の亡骸を、オレはただ愕然と見つめ、殺人者は興味なさげに見下ろしている。
「あ・・・・・・あぁ・・・・・・・・・」
言葉にならない呻き声は誰のものだ?
・・・ああ、オレが発している声だ。
漠然と、それを自覚した。
「やあ兄さん、おはよう」
殺人者は、いつもと変わらない口調で挨拶を口にする。
嫌になるくらい、いつも通りに。
「とは言っても、深夜だけど。やっぱり騒々しかったかな?一応、音には気をつかってこんな天候の日を狙ってたんだけど・・・あまり意味はなかったかな?」
その発言内容に戦慄した。
前々から、こんなことをすると計画していたのか?
なのに、いつもと変わらずあの態度で接していたのか?
オレだけじゃなく、父さんや母さんとも?
・・・・・・コイツは、何だ?本当にオレの家族か?オレと血が繋がっている弟なのか?
吐き気がする。
何もかもが信じられない。
そんなオレの心理状態などこれっぽっちも理解していない殺人者が、得意げに語りだす。
「ちゃんと公平な条件になるように、父さんと母さんには剣を構えさせてから戦った。・・・おかげでちょっとばかり部屋が散らかったけど」
「ど・・・どうして・・・・・・・・・」
「理由?簡単だよ。この村で一番強い剣使と、二番目に強い剣使だったからさ。もちろんボクを除いて、ね。・・・・・・でも、期待はしていなかったけどやっぱり弱かった」
父や母を殺したことよりも、その強弱にしか興味がない殺人者は異常だった。
やや暗闇にも慣れてきた視界が、その場の惨劇を容赦なく見せつける。記憶に刻み込むように。深く、深く。
殺人者の全身は血まみれだった。だが、その全てが返り血だろう。
どこか痛がる素振りがない。
つまりは無傷。この村最強の強さを誇った夫婦を相手にして。
「ずっと昔から、もしかしたらとは思ってたんだ。直接戦うことを、訓練とはいえやけに拒むから。・・・・・・案の定、予想通りだ」
くっくっくっと我慢しきれないのか、笑いが漏れ出ている。
きっと本人は面白くて笑っているんじゃない。
・・・つまらないから、笑っているんだ。
あまりにもつまらなすぎて、笑いがこみ上げているんだ。
事実、その笑い声には狂気が滲み出ていた。
「弱かった!弱すぎだよ!なんでこんなに弱いんだ!?こんなのが村一番の剣使?はははははっ!!・・・・・・そこらの子供にすら劣る弱さだ」
父は危惧していた。
目の前の殺人者が・・・自分の子供が強くなりすぎた事を。
その才能の片鱗は、すでに幼い頃からあった。
それが決定的になったのは、十歳にもならない頃に、偶然か必然か剣獣と契約した時だ。
あまりにも幼い剣使の誕生に、父や母どころか村中が大騒ぎ。だが、父だけは純粋に喜んでいた。さすがは俺の子だと。
けどオレは・・・日に日に強大な力を身につけていく弟に・・・オレは恐怖を抱いた。
表面上はいつもどおりに接していたつもりだ。・・・けど、心の中では弟を畏怖し、忌避した。
それが正しかったと証明されたのは、二年後だった。
村の近辺に突如として剣精が現れたのだ。そして、それを弟が・・・アベルが斬殺した。
しかも二体をほぼ同時に。
村から退治してくれと頼まれた父が、その場を直に目撃したらしい。
その時になって、ようやく父は気付いたのだ。
我が子の危険性を。
常日頃、アベルは強くなる、強くなるが口癖だった父は、その言葉数を減らしていく結果になった。
その一件以降、出来るだけアベルの剣使としての成長を抑制しようとした父だったが・・・アベルは独学で学び、成長。剣使としては完全に父の手を離れた。
アベルが契約していた剣獣の位階を、オレは知らない。おそらく、父も知らなかったかもしれない。
・・・正確にいえば、正しく認識していなかったかもしれない、だ。
父は勝手に思い込んでいたかもしれない。子供が契約できたくらいだから、下級の剣獣だと。そう決めつけていた。
だが、今のオレなら違うと断言できる。
アレは、下級なんかじゃない。その範疇を超えている。
しかし、とある事件でそれらを後回しにする事態が起きる。起きてしまった。
そう、今度はオレが剣獣と契約したのだ。いや、半ば契約させられたというべきか。
今思い返してみても強引すぎるだろ・・・と言える。
当時のオレは困惑したものだ。
両親ともに剣使だったからか、はたまた剣獣に好かれやすい血筋だったのか?
ともかくこうして家族全員が剣使となった。
これは非情に稀なことらしいが、過去にも決してなかった事例ではないらしい。
アベルに遅れることおよそ二年。
こうしてオレも剣使となった。
アベルの件で慎重になったのか、父はオレの修行に関しては徹底的に基礎を学ばせた。
剣技も基本的なものばかり。それを応用させることを固く禁じていた。
修行内容に関して、オレは特に口答えしなかった。・・・言える雰囲気ではなかった、というべきか。
父にとっては幸いというべきか。オレにはアベルほどの天賦の才はなかったらしい。
だが、オレは剣使の修行を心から楽しみ、学んでいた。父と母もそれを嬉しそうに見守っていた。
・・・その様子を、少し離れた場所でアベルが冷めた目で見ていたことを、よく覚えている。
今はどうだろう?
爛々としている?それとも鬱屈としている?
アベルとの視線は合わない。いや、合わせられない。
外はいまだに土砂降りの雨で。
やむ気配はなし。むしろ、ひどくなる一方だ。
「・・・・・・・・・つまらない。ほんとに、つまらない」
心底つまらなそうに呟くアベル。
オレは・・・・・・掛ける言葉が見当たらない。
不意に
「そういえば兄さん、約束を覚えている?」
先ほどに比べて、幾分か楽しそうな声音でアベルが話しかけてきた。
「やく・・・そく?」
あまりにも唐突だったので、思考は停止したまま。
約束?何に関する約束だ?
考えが、まとまらない。
「ほら、幼いころに二人で一緒に剣龍を倒そうって約束だよ」
「・・・あ、あぁ」
そんな約束をしたかどうか・・・正直、うろ覚えだ。
子供ゆえに・・・子供だからこそできた、あまりにも現実味のない約束事。
何故、この状況でそんな昔の約束事を持ち出したのか・・・オレには理解できない。
「・・・覚えていないのかな?ヴェルジュ樹海に行く約束だよ」
すっかり忘れていたよとは、口に出せない。
「今はまだ無理そうだから・・・いずれその時がきたら、兄さんを招待するよ。それまではボクも・・・・・・」
アベルが遠くを見つめている。
ここではない、どこかを。やけに達観した目で。
「・・・・・・どこか適当に渡り歩く。じゃあまたね」
すれ違う際に、アベルがオレの肩をポンッと叩いた。
直後にオレは、その場に尻餅をついた。
そんなオレのことなど気にする様子もなく、アベルは鼻歌まじりで我が家であった自宅を軽い足取りで出て行く。
外は土砂降りなのに。
二度と戻ることはないはずなのに。
アベルはまるで近場を散歩するような気軽さで、振り返ることもなく立ち去っていった。
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