第10話 発端


たとえ、以前に契約した剣使を殺した剣獣だろうが、オレはその力を欲する。

オレが自身の危険を顧みず、ここまで我武者羅に力を求める理由。

それは時を少しばかり遡る。

そう、それはファラと初めて出会ったあの日。

変異種から助けてもらったあの日から、オレは更なる力を求めるようになった。



◇◆◇◆



血が、飛び散る。

地面に転がっているのはオレの死体ではなく、変異種の片腕。

それに呆気にとられているのは、オレだけではなかった。

変異種ですら、何が起こったのか把握しきれていない様子。

だが、オレよりは早く乱入者の存在に気付いたようだ。黄色の血走った四つ目が背後を振り返る。


その視線の先に立っていたのは、紅い髪の女。

その手には、剣が握られていた。オレの赤刃とは違い、やや短い紅い剣。刀身だけでなく、柄や握り部分も含めて全てが紅一色。

そしてその身に装備しているのは身軽さを追及したのかクロース・・・ただの布の服と、防寒用の白い外套だけだった。


その女剣使は元々気が強いのか、力強い意思のこもった青い目で変異種を睨んでいる。

両腕を失ったにも関わらず、尚も戦意溢れる変異種は突然現れた乱入者を睨み返し・・・襲い掛かった!

攻撃手段など、もはや牙くらいしかないはずなのに、躊躇いもなく変異種は女剣使の間合いに飛び込んだ。

短めの剣とはいえ、明らかに女剣使がリーチ分有利だ。

勝敗は決している。

両腕を失くした状態の変異種は、剣技すら使えないはず。

だが、それはオレの一方的な思い込みに過ぎなかったと思い知らされる。


変異種が予想だにしない動きを見せたのだ。

体格のわりに細いその足で、女剣使めがけて蹴りを放ったのだ。

残る一本の細い足では、あの大きな巨体を支えきれない。

すぐにバランスを崩す。それは誰もが予測できる未来。

そして案の定、変異種のバランスは大きく崩れ・・・かけたがすぐに持ち直す。

有り得ない光景、有り得ない動き。

オレは、ただただ驚愕した。

それは本当に一瞬の出来事。

変異種の足が瞬き一つの間に、刃へと変形。地面に足を深々と突き立て、強引に崩れかけたバランスを維持。

そしてもう片方の足も刃へと変え、女剣使を斬り殺さんとした・・・・・・が、女剣使はそれを読んでいた。焦る素振りも見せず、苦もなくその死の刃を剣で弾く。


だが、変異種の執念は恐ろしく、更なる奥の手を繰り出してきた。

女剣使は変異種の正面に対峙していた・・・だからこそ死角の、オレから見て前方にある変異種の後姿を目にしていたからこそ気付けた切り札が、女剣使に襲い掛かる!

変異種は、バランスをとるためにあると思われていた尻尾をも刃へと変形させ、大きく迂回させる形で・・・蹴りを放った足とは逆方向から突き殺さんとした。

視界、意識の両方を見事なまでに一方向に集中させて繰り出す、死角からの奇襲!

やられた!!


オレは女剣使の敗北を確信した。

そして変異種の刃と化した尻尾の一撃が、その軽装な細い体を貫く。


・・・・・・仇はとる。

仕留めたと油断している変異種は無防備だ。その背中を両断する。

そしてまさに変異種の背後に忍び寄らんとしたその時、オレはようやく気付いた。

変異種の様子が可笑しいことに。

あの様子は・・・あれではまるで、仕留めたと油断しているというより、困惑している?

そして、一つの推測に思い当たった。



「まさか、幻惑?」



変異種もほぼ同時にオレと同じ考えに至ったのだろう。周囲を警戒せんと身構えるが・・・すでに遅かった。

女剣使は変異種の死角へと回り込み、腕が霞む速度で剣を一閃。

なすすべもなく、変異種の首が胴体から永遠の別れを無言で告げる。



「・・・・・・」



言葉も出ないとは、こういう状況にこそ相応しい。

いったい、あの女剣使はいつの間に幻惑剣技を発動した?

いつ、実体と幻影が入れ替わった?

変異種の一撃目を防いだ時はまだ実体だったはず。それから尻尾での二撃目までにそんな時間差はなかったはず・・・だというのに。


女剣使が剣の魔素を解き放ち、武装を解除した。

不意に、ここでようやく互いの視線が合い、存在を確認し合う。

先に口火を切ったのは、女剣使の方だった。



「無事?怪我はない?」



「あ、ああ。大丈夫だ」



「本当に?全身、ボロボロだけど?」



「変異種の剣技を一撃もらったからな。けど、大したことはない。それよりも助けてくれてありがとう。君は命の恩人だよ」



「・・・礼は無用。アタシは自分の仕事をしただけ」



「仕事?」



「そう。アンタをとある場所に案内する。アタシは案内人」



とある場所?案内?誰を?何処に?・・・・・・何を言ってるんだ、この女?



「ええっと・・・ちなみに場所は?」



「ヴェルジュ樹海」



国外!?

しかもそれなりに遠いし!



「それは・・・難しい、かな」



「何故?」



「い、いや。オレはこの国の騎士だから・・・。無断で国外には出られない身だし。それに昨今の情勢では許可も下りないと思うし」



事実、下級とはいえ国に属する剣使は自国から出ることを制限されている。

理由はおそらく、亡命を防止するため・・・だと思われる。

オレが所属する国はわりと平和な方だと思うが、外では色々と小競り合いが尽きないと聞く。小国同士の衝突、剣精による被害、大国の内乱・・・傭兵の飯の種は尽きない争いの日々。

なかには、国としてもはや機能しておらず、治安が悪いと風の噂で聞くこともある。歩いているだけで殺され、少しでも隙を見せれば誘拐される。

そんな荒廃した世界が、当たり前の日常。・・・今のオレには想像できない。



「・・・つまり、行けないと?」



少しばかり険悪な雰囲気。



「・・・・・・そもそも、なんでオレをヴェルジュ樹海に案内する?その過程は?誰が君に頼んだ?」



それを聞かずして、無条件でホイホイついていく奴だと思われてるのか、オレ?

幾ら命の恩人とはいえ、それは無警戒かつ無用心だろ。



「・・・アタシに案内を依頼したのはトゥアラ」



トゥアラ?・・・・・・・・・知らない名前だ。聞いたこともない。

むしろ、ますます行く理由がなくなった。誰だよ、それ。



「ただ、アンタがヴェルジュ樹海に行きたがらないようなら、この名を告げれば無条件でついてくると聞いている」



「・・・それは?」



「アベル」



その名を聞いた瞬間、オレの頭の中は真っ白になった。

アベル?・・・・・・・・・・・・アベル、だと?

何で、このタイミングでその名前が?いや、それよりも・・・。

アイツは、生きていた。生きていたんだな。当然のように。この世界に。

実に様々な・・・言葉では語りつくせない想い、感情が心の中で荒れ狂う。

それをどうにか表に出さないように苦労しつつ・・・・・・確認する。



「・・・アベルが、ヴェルジュ樹海に、いるんだな?」



「そう聞いている。仲間と共に待っているらしい」



仲間?アイツに仲間だと?

・・・きっと碌な連中じゃない。それだけは確信できる。



「・・・・・・わかった。行こう」



「いいの?さっきまであんなに国だの許可だのと渋っていたのに」



アベルの名前が出た瞬間、それらはどうでもいい事柄だ。

だって、オレが国の飼い犬とも言える身分の騎士になった理由はアベルだ。

あいつを探すために、オレは騎士になった。目的なんかじゃなく、手段として。

オレが所属する国は、いわゆる大国だ。

大陸の実に四分の一を支配下に置く、大陸最大最強の国家。

だからこそ、集まる情報量も膨大だ。オレが求めたのは、まさにその情報だ。

アベルはいずれ必ず表舞台に出てくる。そう確信していたオレは、誰も気にも留めない情報でも、くまなく調べた。それがアベルに関連する情報かもしれないと疑って。・・・成果はあまりなかったわけだが。

しかし、アベルの居る場所が知れたなら、その身分に未練はない。執着もない。

追っ手が放たれようが関係ない。アベルに会えるなら・・・猟犬すら食い殺す。



「ああ、アベルがそこに・・・ヴェルジュ樹海にいるんだろ?ならそれを先に言ってくれ。無条件でついていく。案内を頼む」



あっさりと前言撤回するオレを訝しむ女剣使だが、仕事の流れがスムーズに済むなら問題ないと自己完結したのだろう。



「なら、早速案内する。ついてきて。まずはこの森を抜ける」



足早に歩き出した。

その後を追いつつ、オレは大事なことを今の今まで聞きそびれていた事を思い出す。

実に今さらだが、聞いておかないとこの先も不便しそうだ。



「すまん、一ついいか?」



「何?旅程なら大筋は決まっているけど。まあ、少しの寄り道程度なら許容できるけど・・・」



「いや、そうじゃなくて。君の名前は?」



「・・・・・・それって聞く必要ある?」



「それは・・・まあ。ヴェルジュ樹海は国を幾つかまたぐ長い道のりだろ?その間、毎回毎回、君呼ばわりすればいいのか?そしてオレはアンタ呼ばわりされるのか?」



「・・・・・・ファラ」



「カインだ。よろしく」



互いに事務的な自己紹介。

ファラはオレ自身に欠片も興味がないのか、ドンドン先へ先へと進む。



「・・・・・・ギスギスした旅になりそうだ」



ぼやきつつも、オレは背後を振り返る。

フレイの奴、無事に生き延びたのか?

・・・どちらであろうと多分、もう会うこともないだろう。

オレは少しばかり離れてしまったファラを追って、走り出す。



◆◇◆◇



「・・・・・・予想だにしない展開だ。まさかカインが候補者に選ばれるとは。連中、何を考えている?相変わらず選ばれる人選がわからん。・・・とりあえず、バレないように尾行するか。色々と鈍いカインはともかく、あっちの美人は勘が鋭そうだし、ある程度の距離をおかないとな」




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