第9話 不意打ち
ファラって、着やせするタイプだったのか。
服の上からではわからない事も、裸であれば一目瞭然だな、うん。
まるでこの光景だけを切り取れば、どこぞの女神と言われても過言では・・・。
って違うだろ!
現実を見ろ、オレ!
見惚れていた時間は数秒のこと。
すぐにでもどこかに身を隠せる場所はと視界を彷徨わせるが、男一人が隠れられる丁度いい場所がない!
やばい!これはやばいぞ!
この際、頭かくして尻隠さずという無様な格好になってもいいから、少しでも己の姿を隠さなくては!!
この時のオレはよほど動転していたのか、その場から立ち去るという選択肢が思い浮かばなかった。
そして・・・勝手に一人でアタフタしている間にも、気配に敏感なファラが
「ん?」
こちらを見てしまった。
時よ止まれ!!
うむ、止まった。
オレだけの時間限定だが。
くそが!やはりこの世界に神はいなかったんだ!!
まさかこんなどことも知れない、見ず知らずの土地で死ぬなんて。
覚悟を決めた心情と打って変わって、オレの肉体は硬直したままだ。
これからどうすればいいのか?全くわからない。下手に動けないぞ。
何せ、人生初の事態だ。人間、何事も初めての出来事には戸惑うものだ。
すぐに謝るなり、言い訳するべきなのだろうが・・・口の中がカラカラに乾いて、舌も動かん。
ただただ、アホ面をファラにさらしていた。
「何よ、変な顔して?」
「へうえあ!??」
「はあ?・・・顔だけじゃなく、声まで変ね。珍しく早起きしたかと思えば、可笑しな行動ばかり・・・・・・昨日、頭を強打しすぎたの?」
「い、いやいやそんな事は・・・」
「ならいいけど」
声が裏返っているオレを怪訝そうに見つめつつ、ファラは川から出て、躊躇いもなくその全身を露にする。
自身の裸身など、さほど珍しくもないと言わんばかりに、肌を隠そうともしないその堂々とした姿に、何故かオレの方が気恥ずかしくなる。
あれ?可笑しいのはオレの方なのか?
当のファラは気にした風もなく、事前に用意してあった布で体を拭き、服を着ていく。
その間、オレの存在など全く気にした素振りはなし。
「どうしたの?アンタも水浴びに来たんでしょ?さっさと終わらせて小屋に戻って来なさいよ。それまでに朝ご飯は用意しておくから」
「あ、ああ。わかった」
「食べたらすぐに出発よ」
そう言い残して、さっさと立ち去っていくファラ。
その後ろ姿から、恥ずかしくていつも通り振舞った・・・なんて様子は微塵もない。
いや、確かに戦場に身を置く兵隊稼業なら一々男だ女だなんて気にしていられないが・・・・・・五体満足であることを喜ぶべきか、男として全く意識されていない事を悲しむべきか。
はあ、何だか非情に複雑で微妙な心境だよ。
悩みながら水浴びと洗濯をしたせいか、いつも以上に時間が掛かってしまい、小屋に戻った直後にファラにぶん殴られたが、やはり気分はスッキリしなかった。
むしろぶん殴られた事で、妙に冷静になった脳みそがファラの裸を思い出してしまい、落ち着かない始末。
そんなオレの心境などまるで関心がないとばかりに、ファラが口を開く。
「さて、今日は歩きながらも常に不意打ちをくらわないよう、緊張感をもって歩くこと」
どうやら、それが本日の課題らしいが・・・。
「不意打ち?誰の?」
「アタシの」
こいつ、とんでもない事を口走っているぞ!?
「いやいやいや、ファラの不意打ちなんかくらったら死ぬわ」
「それくらいの危機感をもった方が、アンタには丁度いいでしょ?」
死ぬって言葉は否定しないのかよ!?
「アンタの危機感のなさは異常よ?普通、兵隊稼業を数年経験していれば体も順応するはずなのに・・・それが身についていないのはアンタ自身がよほど鈍感か、または温室育ちの兵隊なのか。はたまた優秀な戦友のおかげで生き延びてきたかのいずれかね」
うっ・・・否定できん。確かにファラの言うとおりだ。
フレイにはいつも助けてもらっていたからなあ・・・。あの剣精の大群に襲われた時も、あいつのおかげで助かった命だし。
「心配しないで。多少は手加減してあげるから」
「多少って・・・多かれ少なかれって意味じゃあ?」
「アタシの匙加減一つね」
余計に不安だわ!
「何?不満そうね?」
「い、いや・・・別に・・・」
これ以上は何を言っても逆効果になりそうだし、黙って従っておこう。
引き際を見誤ると、大怪我するのは経験済みだ。
「そう」
予備動作もなく、ファラがオレの側頭部めがけて蹴りを放つ。
強い衝撃。
防いだ両腕が、ビリビリと痺れる。
咄嗟だったので、完璧にはその勢いを相殺できなかった。
だが、仕掛けた側のファラが「ふぅん?」と面白そうに微笑んだ。
微笑みといってもアレだ。すごく意地悪そうな類の方。
「今のを完全じゃないとはいえ、よく防げたな?思っていたよりは危機感知能力はあるのかな?」
「ファラの性格を少しはわかってきた証拠かもな。小屋から出るまでに、まずは一撃くるだろうと予測できたよ」
「なるほど。アンタに行動を予測されるなんて、アタシもまだまだだな」
・・・・・・しかし、すげえ威力の蹴りだった。まだ両腕が痺れている。
本当に、多少の手加減だな。防御できずに直撃していたら、本日一度目の失神だったぞ。
「ファラ」
「何?女心は一言では語りきれないよ」
「ちげえよ!むしろ一言で語れたらすげえよ!」
「それはつまり、アタシの女心に喧嘩を売っているということで間違いない?」
「何でそうなるんだよ!?間違いまくりだよ!むしろオレの方が理不尽に喧嘩売られてない!??」
「雑なツッコミだ」
「ダメ出しかよ!むしろファラの方が雑なボケだよ!」
「またも親切な案内人であるアタシに向かって暴言を・・・許すまじ所業」
「いや、そろそろ落ち着け。むしろ落ち着いてください。お願いします」
「ふむ。で、何?」
めんどくせえ絡み方すんなよ。
本題にいくまでが長いよ。・・・・・・ともかく、聞きたいことを聞いておこう。
「出会った当初に比べて・・・オレは強くなっているか?」
「全然」
「即答かよ!?」
ムカつくを通り越して、むしろ清々しいくらいだぞ。
「まあでも、成長限界が見えている下級にしてはいい感じなんじゃない?体術、魔素の効率的な扱い方、反射神経、他エトセトラ・・・どれもまずまずってレベル」
「・・・そうか」
「わかっていると思うけど、契約した剣獣が下級である以上、内包する魔素の量は限られている。必然的に扱える魔素の絶対量も。それは即ち、剣技の威力、強化時間の維持にも関わる根底ともいえる。アンタが目に見える形で、尚且つ手っ取り早く強くなりたいなら、上級か、最低でも中級の剣獣と契約することね」
「・・・・・・・・・」
無茶なことを言ってくれる。
それが簡単に出来れば、誰も苦労はしない。オレだって・・・もっと強力な剣獣と契約できてさえいれば。
そう・・・アイツのように。
「・・・・・・・・・アンタが心の底から望むなら、当てがあるけど?」
「当て?・・・何の?」
「会話の流れから察しなさいよ。もちろん、未契約の剣獣よ」
「はあ??」
何を言っているんだ?
剣獣はそもそもどこか一箇所に居着く存在じゃない。ロードギアという世界を、当てもなく彷徨い、うろつくナニカだ。意思疎通はおろか、その姿を滅多に見せない。
見えたとすれば、それは剣獣に気に入られた契約者のみ。・・・オレ自身、赤刃という剣獣の全てを知らない。むしろ、わからない事だらけだ。それはオレだけじゃなく、ほぼ全ての剣使がそうだろう。
そんなあやふやなナニカの力を、オレたち剣使は日々、行使している。
仮に。仮にだ。どこかに居着いたとして、何故それをファラが知っている?
何故、それをオレに話す?
下級剣使という枠組みから抜け出したいと、心から渇望する今のオレに?
「・・・現在より上位の剣獣と契約したいと願う剣使は多い。より強く、より高みへと自分という存在を昇華できるのだから。けれど、強い力を手にすれば更に上を求める。それが人間。正しい欲求よ。・・・・・・ただ、強い力を得ればその分の対価を支払うことにもなる。支払い方法は剣獣によって違う。まるで人間のよう。十人十色。同じ個性を持つ剣獣はいない」
「対価・・・?」
「下級では実感できないほどのモノよ。下級の剣獣は良くも悪くもリスクが少ない。大人しくて、我も弱い。だけど、中級以上からは違う。確かな自我を確立し、欲深くなり、契約者に対価を求める。上級ともなれば・・・共存できれば上出来。剣獣が相手でも、コミュニケーションは大事よ。好かれていれば力を自発的に貸してくれる。逆に嫌われていると・・・契約者が心身ともに弱っているとわかれば、剣獣は逆らい、容赦なく殺す。そして自由を得て、また別の契約者を探す」
「・・・・・・それで、そのフリー状態の中級剣獣を知っているから、紹介してくれると?」
「ええ。かつて契約していた剣使を殺した問題児を、ね。まあ、契約していた剣使と反りが合わなかっただけかもしれないけど。人間同士でも、相性が合う合わないってあるし。・・・本当はアタシと契約したがっていたんだけど、アタシには先約がいたから断った。そうしたら拗ねたのか、とある辺境に篭ってね。誰とも契約せずにいるってわけ。多分、今この時も」
「・・・案内してくれるのか?オレが望めばその地に」
「ええ。アタシは案内人だから。・・・それにヴェルジュ樹海からそう遠く離れていないし。ちょっとした寄り道ていどよ」
「案内してくれ。中級剣獣がいる場所に。今のオレには力が必要だ。・・・それが例え契約者殺しの剣獣の力でも」
「・・・そう。アンタが望むんなら、案内する。気が変わったらいつでも言いなさい。剣獣と直接遭遇するまでなら、いつでも中止にできるから。・・・念のために言っておく。もう一度心に深く刻んでおきないさい。強い力を持てば、それに見合う対価を求められる。それを払えない時がきたら・・・・・・自滅するだけ。剣獣にとって、契約者の代わりはいくらでもいる。剣使なんて、剣獣にとっては代替可能な部品と同じなんだから」
一切の虚飾もなく、ファラは淡々と告げる。
オレの覚悟を試すように。だが、オレは中級剣獣のもとに向かう。
更なる力を求めるために。
ただの一般兵からしたら、剣使であるオレはすでに強者なのだろう。それが下級でも。
その点を鑑みれば、オレは恵まれている。
だが・・・オレが求める力は、決して下級のままでは手に入らない。足りないのだ。この程度の力では。
アイツと対峙するには。
だから・・・・・・欲しい。何者にも負けない、強大な力が。
その対価が例えこの命でも・・・オレは喜んで捧げるだろう。
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