第7話 一転
「ぐああああぁぁ!!」
絶叫。
あまりの激痛に地面を転げ回っている。
誰が?
オレがだ。
頭が・・・割れそうだ。
オレをこんな無様な状態に追い込んだ女が、仁王立ちでオレを見下ろしている。
外見は美女と言っても差し支えはない。
気だるそうに、紅のショートカットの髪をワシャワシャとワイルドに弄っている姿は、獅子のごとく。
スタイルも、女豹を思わせる程に無駄な脂肪や筋肉がない・・・・・・にも関わらず、女性的な体つき。不可思議なまでのバランス。これぞ奇跡の賜物か。
そして天は二物を与えるらしい。顔の造形すらも美術品のように整っている。
中々、お目にかかれないほどの美人だ。・・・若干、目つきが鋭いので気が弱い人間は声を掛けにくいと思うが、まあそれを含めても魅力的である。
ただ・・・・・・中身は悪魔だ。
「ったく、この程度で大げさな悲鳴ね。ほら、さっさと立て。二秒以内に立たないと、今度こそ頭を叩き割るぞ」
「ちょ、ちょっと待って・・・ってうおおい!??」
一秒前までそこにオレの頭があった位置に、一切の容赦ない蹴りが通過していく。
「二秒経ったぞ」
「うそをつくな!うそを!!まだ一秒だったぞ!?」
「一秒くらいの差異でガタガタとうるさいなあ・・・器の小ささが知れるってもんだ」
「すげえ暴言があるもんだ!?ってかオレはさっきお前の剣の柄の部分で思いっきり殴打されたんだぞ!見ろ!この額を!」
「知るか、さっさと立て。剣を構えろ」
「鬼畜かお前は!!」
「・・・へえ。なるほど、ね」
女の・・・ファラの声のトーンが一段階、下がった。ついでにオレの体感温度も。
やばい。
背筋がゾクッとする。
「命の恩人であり、案内人でもあるアタシを、鬼畜呼ばわりするとは・・・とんだ恩知らずね、アンタ」
「うっ」
「命の恩人に受けた恩を返そうと思ったら、同じくらいの事をしないと返しきれないと思うのだけど・・・・・・ふう。それどころか暴言を発するなんて、ひどい男がいるものね」
うぐぐっ、正論で間違っていないだけに何も言い返せない!
命の恩人。
そう、今オレを全力で煽っているファラこそ、あの危機的状況から助けてくれた恩人だ。
変異種に頭を叩き割られんとしたその直前、煽り女もといファラが変異種を見事に退治。その手際はまさに圧倒的の一言。
その実力は確かで、しぶとく抵抗する変異種を無傷で切り伏せた。
本人が明言したわけではないが、恐らくファラは上級剣使だろう。そうじゃなかったら可笑しい。断固抗議する!
そんなファラに、オレは何故か案内されている。
行き先は大陸屈指の禁域で名高い、ヴェルジュ樹海。
そこに、オレを待っている人がいるらしい。・・・別にオレは誰が待っているかもしれない禁域を目指す気は毛頭ない。だが、アイツが待っているのなら、話は別だ。
この話を最初に聞いたとき、オレは断った。
いきなり現れた女が、命を助けてくれたとはいえ、問答無用でヴェルジュ樹海に一緒に来いと言って来たのだ。誰だって戸惑うだろ?
それにオレは国に仕えている身だ。末端とはいえ、騎士の位も受勲している。・・・まあ、剣使であればだれでも貰えるのだが。
とにかく、無断で国を離れれば脱走者扱い。下級剣使であるオレに追っ手を放つとは思えないが・・・猟犬どもが暇だったら有り得る。ヴェルジュ樹海は国を幾つか跨ぐから、無条件でアウト。
オレは死にたがりでもないし、自殺志願者でもない。
だから、最初は断ったのだ。最初は。
けれど・・・・・・アイツが呼んでいるのなら、追っ手が放たれようが構わない。
だからオレは・・・受け入れた。ヴェルジュ樹海へ向かうことを。
まあ、抵抗してもファラに力ずくで拘束され、連れていかれただろうが。半ば有無をも言わせぬ雰囲気だったし。
こうして自発的に向かっているから、修行相手にもなってくれるし。
選択肢は間違えていないはずだ。・・・・・・・・・多分。
「しかし、本当に弱いわねアンタ」
・・・ファラの暴言、否、事実を口にしているだけなのだが、オレの心はボロボロだ。
案内がてらに修行相手を頼んだら、意外にすんなりと引き受けてくれた。てっきり断られると思っていただけに、盛大な肩透かしをくらったのを今でも覚えている。
ファラ曰く、
『どうしてアンタが候補者に選ばれたのか気になったから』
とか、よくわからん事を口走っていたが。
けど、しばらくして断言した。
『アンタは弱い。今までの候補者の中で断トツに。意味がわかんない。なんでアンタが最後なの?』
それを言われたオレの方が意味わからんわ。
というか、本人の目をしっかり見て『アンタ弱い』って言えるか?
おかげであれ以降、オレの心は多少だが図太くなったわ。ありがとうよ、くそったれ。
「下級剣使をなめんなよ」
苦し紛れに抵抗しておく。言われるばかりではオレの精神衛生上、よろしくない。
ストレスで円形脱毛症になりそうだ。
「下級どうこう、上級どうこうとか言う次元じゃないんだけどね・・・。かと思えば、ヤケクソなのか妙に変なタイミングで火事場の馬鹿力を発揮するし・・・。自覚ないと思うけど、中級剣使なみの魔素を時々だけど内包してるわよ、アンタ」
「マジで?オレが?」
下級と中級の壁はかなり分厚い。いや、もちろん上級なんて比べ物にならんけど。
しかし、オレが契約している剣獣は間違いなく下級だ。
そして、一度契約した剣獣の位階は変動しない。成長もしなければ、退行もしない。剣獣とはそういうものなのだ。誰が決めたかは知らんけど。
「・・・・・・そういう意味では、アンタは今までに前例のない候補者ね。ほんとに・・・変なやつ」
「おい、憐れむのか馬鹿にするのか、片方に絞ってくれ。さすがに両方はオレも傷つくぞ」
「はいはい」
軽く受け流された!?
そんな感じで・・・なんだか噛み合っているのか分からない会話を交わしつつ、一路ヴェルジュ樹海を目指して歩き続けた。
幸い、かつて仕えた国の猟犬どもは暇ではなかったのだろう。追っ手の気配は今のところ皆無だ。
・・・追ってきてもファラが
『どうにかする』
と、簡単に言い切っていたが本気か?
幾らファラが上級剣使でも、猟犬どもは脱走者狩りのプロ集団だ。
奴らに狩れない獲物はいないって、国では随分と恐れられていたんだが。
・・・そう考えると、フレイは大丈夫か?
出世欲がなくて中隊規模の副隊長という地位に甘んじていたが、あいつは本来、大隊規模すら率いれるはずの上級剣使様だ。オレが猟犬なら、下級であるオレよりも上級のフレイを優先して追うはず・・・。
事実、そうなっているのか?
だからオレの方に追っ手が来ない?
それとも・・・・・・剣精の大群でそれどころではない?
隊長や部下ともども、オレやフレイを含めて全滅したと思われている?
・・・駄目だ、判断材料が少なすぎて分からん。
だが、戦死扱いされていれば、好都合だ。少なくとも、死体の数には困らない。
一個中隊で二百以上の人間の死体だ。
死体になれば、剣使であろうとただの肉塊。普通の人間と差異はない。
問題はない・・・はず。・・・・・・・・・ない、よな?
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