第6話 遭遇


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・ふう・・・・・・」



二体の剣精を片付けて走り続けること、およそ十分。

多少は体力に自信があったのだが・・・さすがにキツくなってきた。右の脇腹が痛い。

一旦、立ち止まり呼吸を整える。

未だ、森から抜け出せないままだ。周囲を警戒しつつ、少しでも体力を回復しないと。・・・出来ればすぐにでもこの場から動きたいが、このままだと酸欠で自滅しかねない。焦りは禁物だ。

途切れ途切れの息を整えつつも、フレイの安否を少しばかり考える。

まだ、生きてる・・・よな?

・・・・・・・・・・・・今は、まず自分の事、だな。

フレイはオレよりも強い。オレが十人いても勝てない程に。ならば、心配は無用だ。きっと変異種が相手でも生き残る。・・・あいつは上級剣使なのだから。

・・・・・・ようやく、呼吸が整ってきた。

よし、行くか!



「破壊けんギ、衝ハ」



ぎこちない発音の詠唱が聞こえた。同時に、衝撃。

体が吹き飛ぶ。比喩ではなく、文字通り。体が宙を舞っている。

視界が上下左右に激しく揺れている。地面がどっちで、空はどこだ?判別できない。

折しも、その答えはすぐにでた。

この肉体が地面に叩きつけられた事によって。



「っぐあっつつ!!?」



衝撃で、呼吸が止まる。

無意識に呻き声をあげつつ、頭の中では情報が錯綜している。

やられた?誰に?何をされた?

答えはわかっているだろうに、混乱しているせいで現実を直視できない。

・・・・・・決まっている。この状況でこんな剣技をぶっ放すヤツなんて・・・あまりにも限られている。


なぜ、こいつがこんな所にいるのか?

フレイと対峙しているはずではないのか?

未だに揺れる視界で、その姿を視認する。


ソレは間違いなく、変異種だった。


先ほど始末した剣精と、ほぼ外見は同じ。

ただ、その額に角が生えていることを除けば。

そして通常の剣精と、ついさっき出会ったからこそわかるのだが・・・凶気と言うべきか邪気とでも言うべきなのか、その身に纏う空気が禍々しすぎる。

・・・・・・・・・なるほど。剣精の生態に詳しい学者連中よ、確かにアンタらが立てた仮説は正しいのかもしれない。これは、格が違う。

変異種という言葉一つで分類するには、あまりにも・・・違いすぎる。

これほどの化け物か、変異種とは・・・!


決して強力とはいえない『衝破』・・・下位剣技の一撃でオレの全身はボロボロだ。

不意打ちで直撃をくらったせいでもあるが、ダメージは甚大。

さて・・・唐突に人生最大の山場が訪れた。

オレは乗り越えられるか否か?


ガクガクと震える足で、何とか立ち上がるが・・・剣を支えにしなければ、立っていることさえ難しい。

そんなオレの姿を、変異種は静かに見守っていた。

その時、オレと、変異種の目が、合った。

ニヤリと、変異種の口が裂けるように大きく歪む。

・・・・・・笑って、いるのか?

どうやら・・・オレを獲物と認識、更には弱者と判断したらしい。

事実、オレの姿は誰がどう見ても狩られる立場にいる。


なめられた・・・という悔しさよりも、恐怖がそれをも上回った瞬間だ。


化け物風情が・・・という怒りよりも、生物としての強弱の差を見せ付けられた。


それを自覚した直後に、足だけでなく全身がガクガクと震えた。

死が、形と成って目の前にいる。

・・・・・・・・・だが、それがどうした?

この程度のことで・・・オレは、オレが!諦めると思っているのか化け物?

人間は、そんな柔な生き物じゃねえぞ?


体が震えている?

さっきのダメージが残っているだけだ。あと、武者震いってやつだ。

・・・恐怖のせい?気のせいだ。

思い込み、自己暗示は人間の特権だ。



「ふぅぅーーーー・・・・・・」



溜め込んだ空気を、長い時間をかけて吐き出す。



「強化剣技・筋力増強」



対象は、自身の肉体。

無理矢理、死闘になるであろう戦いに耐えられるよう、体を自己強化。

出し惜しみはなしだ。ありったけの魔素を赤刃に注ぎ込む!

赤々と輝き出したオレの愛剣に、しかし変異種は別段さほどの脅威を感じていないのだろう。無造作に、こちらとの間合いを詰めてくる。

狩られる獲物が何をしようとも、怖くないってか?

・・・・・・なら、見せてやるよ。追い詰められた獲物の・・・最後の足掻きってやつを!!



「らあぁ!!」



自分を鼓舞する意味も兼ねて叫び、地を蹴る。もてる限りの全速力で変異種との間合いを詰める。

筋力増強範囲は腕と下半身に絞る。欲を言えば肉体の負荷を軽減する為にも全身を強化したいが、今のオレの手持ちの魔素量では不可能だ。無駄なく魔素を活用するには、範囲を絞るしかない。

強化した下半身は、普段よりも強く地面を蹴りつけ、通常の倍以上の速度をもって敵の死角へと回り込む。

変異種にとっては予想外の速さだったに違いない。完全にオレを見失っている。

・・・そのはずなのに、どういう理屈か変異種がオレのいる方向に動き出している。おそろしいまでの反応速度。それとも本能任せというやつか?

だが、それでも遅い!

既にオレは攻撃モーションに移行している。ここから回避、もしくは防御など変異種といえども不可能。

そしてオレが今まさに剣を振り落とさんと強化した腕力は、大木どころか大岩すら両断できるほど。

勝った!

そう確信した。


血が、飛び散る。



「なあっ!??」



驚愕。

起きた出来事を把握した瞬間は、その一言に尽きる。

確かに、オレの剣は変異種を両断した。

だが、思っていた手ごたえよりも軽い。軽すぎる!

当然だ。その戦果は変異種の腕一本を両断したに過ぎないのだから。


変異種はオレが剣で頭部ごと叩き割らんとしたことを即座に見破り、腕一本を犠牲にすることで、死の一撃を防いだのだ。


・・・やられた。

変異種もオレと同様に強化剣技を使っていたのか。

咄嗟に腕一本を集中的に硬化することで、斬撃の威力を減らしたのだ。

硬化さえされていなければ、オレの剣は変異種の腕を断ち切り、頭部を叩き割っていたはず。

・・・・・・今さら、たらればの話は無駄、か。


攻撃直後の硬直。誰もが逃れられない絶対の法則。

腕一本を犠牲にしたとはいえ、変異種は代わりに、無防備をさらすオレという対価を得た。

それはつまり、勝利を手にしたも同然。


変異種の残された片方の腕が、やけにゆっくり振り上げられる。

ああ、あれが振り下ろされた時が、オレという人間の終わりか。


そして・・・死の一撃が、今度はオレの頭部めがけて振り下ろされる。


これで終わりか・・・案外、終わりは呆気ないもんだな。


フレイ、お前は生き延びろよ。



再度、一面に血が飛び散る。

先ほどよりも大量に。

それは、誰が見ても致死量だと断言できるほどの量。

オレは、それをまるで他人事のように見つめていた。




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