第5話 離脱


フレイと別行動してどれ位の時間が経ったのだろう?

一時間か?はたまた二時間か?時間感覚は曖昧だ。常に発見されてしまうかもしれないという緊張感と、些細な違和感を見逃さないようにしつつ、かすかな音にも反応できるように五感を研ぎ澄ましているせいなのだろうか。

今のところ、剣精とは直接、出くわしていない。近くにいるだろうなという漠然とした感覚はあったが、森の中にはちょっとした茂みや、木々の間など隠れ場所には事欠かない。まあ、そのぶん死角も多いわけだが。

包囲網を抜けるまで、気は抜けない。

今はまだ運よく遭遇していないだけ。だが、必ず一戦は避けられない。だが・・・さすがにずっと神経を研ぎ澄ませるだけの集中力が続かない。体力よりも、精神的にしんどい状況だ。



「・・・これじゃあ、いざという時に集中力不足で死亡コース一直線、か」



小声で独り言を呟くが、無論それに応える声などない。

元々、そんなもの期待していないが。むしろ応えられたら、それはそれで怖い。

・・・ただ、改めて孤独だと実感する。

実感すると同時に、自分の体が少し震えていることに気付く。

オレは・・・怖いのか?心の中に渦巻くのは死に関する恐怖や不安だ。

くそ・・・フレイみたいに死を受け入れるなんてマネ、オレには到底無理そうだ。

・・・・・・平常心を保とうとすればする程に、頭の中がゴチャゴチャして考えがまとまらない。

落ち着け!こういう時こそ冷静になれ!

茂みに隠れ、立ち止まり、深呼吸。・・・・・・よし、全周囲を警戒。歩き出す。

だが、一息ついたにも関わらず、注意力がやはり散漫気味だったのだろうか?

不意に足が木の根っこに引っかかり、体勢が大きく崩れる。

何とか整いなおそうとしたが・・・抵抗むなしく派手に転んだ。

さすがに顔面から地面に落ちたくないので、咄嗟に両手を地面につけ、四つん這いの体勢で大地とキスする事態を回避した。

状況が状況だけに、思わず声を出しかけたが何とか我慢できた。一安心・・・



バッキイィィ!!!



そんな一時は束の間の幻想だったらしい。

一体、これは何の音だ?四つん這いの体勢のまま、音のした方向に視線を向けると、オレの頭があったであろう木の幹に、刃物が食い込んでいる。しかもかなり深く。

刃物の根元の方を見るとそこには剣精がいた。

・・・・・・どうやら、刃物は剣精の腕だったらしい。ははっ、なるほどね。



「なるほどじゃねえよ、おい!」



叫びながらも、急いで立ち上がる。

全く剣精の接近に気付けなかった自分自身に対し、全力で罵倒したい。

あの時、木の根っこに引っかかって転んでなかったら、オレの頭部は粉砕されていたに違いない。木の幹にあんなに剣精の腕が深々と食い込んでいるのがその証拠。剣精も、避けられることを想定していなかったのだろう、腕を引き抜くのに四苦八苦している。

なんだか傍から見ているとコミカルな光景なんだが、剣精は必死だ。オレも、もしかしたら死んでいたかもしれないのだ。今さらながらに嫌な汗が止まらない。

だが、この状況はチャンスだ。剣精はあの場を動けない。

卑怯と言われようと、勝てばいい。勝てば官軍なのだ。

なので、大して動けない状況の剣精の首を、切り落とす。



「ぎゃあああぁぁ!!」



その場に響き渡る、剣精の断末魔。

・・・というか静かにくたばれよ。ご近所さんが集まってくるだろ、おい!

とりあえず剣に付着した剣精の血を振り払い、その場から即座に立ち去る・・・つもりだったが遅かった。

何故なら立ち去ろうとしたその先に、剣精の新手が立ちふさがっていたから。



「くそ、二匹で行動していたのか」



そうじゃなければ可笑しい距離感覚だ。

とにかく、この眼前に立ちふさがった剣精を始末しないと、いつ次の剣精が現れるかわからない。

この瞬間、一分一秒が惜しい。すぐにでもここから離れないと。だが、そんなこちらの都合など、剣精は気にも留めない。



「きしゃあああぁ」



口元から涎をボトボト流れ落とし、オレから視線を外さない。

オレはジリジリと間合いを広げ・・・身を翻して逃走をはかる。さすがに怖いので完全に背中は向けない。だが、それを差し引いても剣精の身のこなしは俊敏だった。おまけに反応速度も速い。不意打ちに近い形で稼いだ距離を、瞬く間に詰める。

これは・・・振り切れない。

体格に比べて細い二本の足と、尻尾を器用に使ってオレを猛追する剣精の姿は、なんだかとてもシュールだ。

・・・・・・いやいや、現実逃避している場合か!?

まずい!追いつかれるというわけでもないが、かといって引き離すことも無理っぽい。

どうする?どうするの!どうするんだオレ!?むしろどうしたいのオレ!!?


立ち止まって交戦?いやいや、いくら相手が一体でもさっきの状況とは違って、万全状態の剣精だ。倒すのは短く見積もっても三十秒以上はかかる。下手したら倍以上の時間がかかる・・・かも。

その間に他の剣精に囲まれたらジ・エンド。

だが、このまま追われている状況もまずい。非常にまずい!

移動しているにも関わらず、常にオレの位置が他の剣精にも伝わっているかと思うと笑えない。休憩すら不可能だ。

ならば残された選択肢は・・・速攻で片付ける。これしかない。


もちろん、たかが剣精一体に三十秒以上もの時間はかけられない。

だが、剣技を使えば話は別だ。・・・出来れば剣技の燃料ともいえる魔素は、今後のためにも節約したかったのだが、この状況では仕方ない。背に腹はかえられないのだ。

決断すれば今までの迷いなどあっさり吹き飛ばし、覚悟を決める。

我ながら、こういう切り替えの早さは一種の才能だなっと自画自賛しつつ、剣を握る手に力が入る。



「ぐぅおおお!!」



こちらの覚悟を本能で察したのか、剣精が防御など一切捨てて、捨て身で襲い掛かってくる!

一瞬で縮められる両者の距離。

剣精の純粋なまでの殺気に、鳥肌が立つ。

恐怖は感じる。

だが・・・・・・体は問題なく動く。

やれる!!


頼るのは愛剣であり、契約した下級剣獣。

分類は聖剣。八種類ある属性のうち、火を司る。

剣の名は、赤刃。

名の通り、赤い刀身がオレに勇気を与えてくれる。同時に、力も。

この世界にただ一本の、オレにしか使えない、オレだけの剣。

その力を、今ここに発現する!



「属性剣技・赤嵐」



切っ先を剣精に突きつけ、幾分かの魔素を消費し、剣技が発動される。

発動した剣技は、真横に一直線に、攻撃目標である剣精に向かって小規模な炎の竜巻となって容赦なく襲い掛かる。

その攻撃速度はオレの使用できる剣技の中で最速だ。

故に剣精は回避する動作(というか既に捨て身だったからどうにもならなかっただろうが)すら許されず、その炎の竜巻に胴体を綺麗にもっていかれた。

まさに、竜が巻き取らんってか。

剣精は断末魔をあげる暇すらなく、残った下半身がグラリと支えを失って、地面に倒れ伏す。



よし!・・・・・・と、思う存分に勝利の余韻に浸りたいが、今は一刻を争う。さっさとこの場から離脱。長居は無用だ。




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