第4話 観察
森の中を一人の男が走っている。
周囲を囲んでいる剣精に見つからないように慎重に、しかし確かな足取りで。
男の体格は中肉中背。顔立ちは可もなく不可もなく・・・つまりは、どこにでもいそうな、特徴のない顔。唯一例外的に目を惹くのは赤い髪くらい。・・・手入れなどしていないからか、くすんではいるが。
装備の類は国から支給されたであろう簡易的な鎧や脛当のみ。必要最低限だ。どうやら装備品には金をかけないタイプらしい。
「・・・あれが今回の候補者?」
今までの候補者とはタイプが違う。
なんというか、弱そうだ。ものすごく。
「うん、そうだよ。あれが今回、私たちが決めた候補者。アレを倒すであろう人材として見定められた剣使だね」
アタシの呟きに、いつの間にか姿を現した少女・・・否、化け物が応えた。
森の中で比較的、大きい木の枝で観察していたアタシの隣で。数秒前まで確かに誰もいなかったはずなのに。
「・・・何の用?接触は最低限度のはずだけど?」
見た目はまさによく出来たお人形のような・・・人工的に作られたかのような美少女だが、中身は違う。
それを知っているからこそ、自然とアタシの声音にも殺気が混じる。自覚はある。だが、それを隠そうとも思わない。
化け物・・・トゥアラもそれに気付いているのに、気にした素振りはなし。そもそもそんなこと、どうでもいいと言わんばかりの態度だ。
傍にいるだけでアタシを不快にさせる、嫌な存在。
「今回はどんな候補者か、確認に来たんでしょ?だから私が正解だよって教えに来たの。丁寧でしょ?優しいでしょ?」
「・・・・・・今までそんなサービスはなかったはずだけど?」
事実、これが初めてだ。
今の今まで、勝手に化け物たちが候補者を決め、一方的に送りつけてきた。
とんでもなく迷惑で、自分勝手なルールのもとに。
「今回は最後の候補者だからね。特別に、私がエスコートしてあげる♪」
・・・・・・・・・・・・最後?目の前にいる化け物は今、確かに最後と言ったか?
「・・・・・・アレが、最後の候補者?」
「うん、そうだよ」
トゥアラが無邪気な笑顔を浮かべて、頷く。
・・・・・・何も知らない人間が見れば、可愛らしいとでも言われるその一挙手一投足・・・だが、アタシはコレの中身を知っている。だからそれら一つ一つの動作がおぞましく感じた。
それすらも見透かしているだろうに、トゥアラは笑顔のまま。
・・・アタシは、気を取り直すように問い返す。念には念を入れる意味で。
「二言はない?アレが・・・最後だな?」
「この期に及んでウソはつかないよ。ほんとに本当。私以外のメンバーも了承済みだよ」
「・・・・・・そう」
ならば、いっその事この場ですぐにでもあの男を・・・。
「駄目だよ、今すぐ始末しようとするのは。ルールはちゃんと守らないと」
あまりにも自分勝手な言い分に、憎悪のこもった視線でトゥアラを射抜く。
視線だけで人を殺せるならば、きっと今のアタシなら殺せる。それだけの自信がある。
「貴様らが勝手に決めたルールだろ・・・!」
呪詛じみたアタシの言葉を、トゥアラは笑顔のまま
「そう、私が、私たちが決めたルール。そのルールに則って、私たちは遊んだり、戦っているの。今さらそれをやめるの?せっかく貴女達にとっても得はなくても損もないルールでやってきたのに。あ~あ、残念だわ。・・・これからはルール無用でいいってことよね?ね?」
切り返す。
そう言われてしまえば、アタシに反論の言葉はない。・・・本心ではある。だが、飲み込むしかない。ルール無用になれば結果は明らかなのだから。・・・だから、耐える。
唇をかみ締め、ただ耐える。
「・・・・・・・・・・・・」
「クスクスッ。いい表情ね。・・・あらあら、唇から血が出てるわよ?乾いて切れたのかしら?クスクスッ」
「・・・・・・・・・・・・」
「反論はないようだし、ルール違反する気はないってことよね?」
「・・・・・・・・・ああ」
受け入れるしかない。今は。
「そう。ならよかった。じゃあきちんとルール通り・・・候補者はヴェルジュ樹海でアレと戦う。それ以外の場所では殺しちゃ駄目だよ。危害を加えるのも駄目。五体満足で送り出して」
「・・・・・・ああ」
「そうそう、せっかくだから候補者の名前聞いておく?」
「必要ない。今まで誰の名も聞いてこなかったし、聞く気もない」
「でも、最後の候補者くらいは聞いてよ」
「・・・聞いても覚える気はない」
「いいよ、それで。名前なんて記号。大した意味なんてない。でも、判別するには便利でしょ?」
・・・今回に限っては妙にしつこい。
これ以上、会話を続けるのも億劫なので、仕方なく聞いておく。
「・・・・・・わかった。最後だしな。一応聞いておく。最後の候補者の名は?」
「カイン」
トゥアラが笑みを浮かべて告げた名は、すぐに忘れた。
それくらい、どうでもいい事だった。少なくとも、この時のアタシには。
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