第3話 変異種


「変異種って・・・・・・マジか?」



信じたくないからこそ、改めて問い直す。

だというのに、頼れる戦友は嫌になるくらい、いつも通り



「十中八九、間違いないね。剣精がこんなに大量に群れること自体が異常だし。あの鮮やかなまでの奇襲に、見事なまでの包囲網形成・・・これ程の統制がとれるのは変異種くらいだよ」



淡々とこちらの逃げ道を断っていく。

・・・これは本気で死を覚悟する必要があるかもしれない。それほどの事態だ。

『変異種』とは、剣精の中で稀に誕生するレア個体の名称だ。

変異種に関する目撃情報は少なく、その数自体が少ないと聞く。割合にして一万体の剣精がいた場合、一体いるかどうかの確率。

外見はあまり通常の剣精と差異がない。唯一違うのはその額に角が生えているのみ。違いといえばそれ位だというのに・・・その強さは通常の剣精の数倍から十数倍とも言われ、中身は全くの別物らしい。

しかも知能が高く、剣使のみが使用できるはずの剣技すらも使いこなし、指揮能力すら兼ねそろえているとの事。


ただ、これらはあくまで剣精の生態を調べている学者連中の言葉を全て信じればの話。変異種とは直接出会ったことのないオレだが(もうすぐ対峙するかもしれないわけだが)、学者連中の立てた仮説はあまりにも主観が入りすぎていて、半ばフィクションだとすら思っている。

以前、剣精に関する古い本を流し読みした程度だが、変異種よりも更に進化した上位種が存在し、この世界とは別の世界にいると書かれていた。

・・・別の世界って。内容の大半は仮説ばかりだったが中々に面白かった・・・しかしそのあまりの突拍子もない内容に、思わず苦笑したのを覚えている。

下らないと思っていたのだが、意外に覚えているものだな。



「カイン」



思わず現実逃避していた所を、フレイに呼び戻される。



「・・・何だ?遺書なら既に用意してあるぞ」



半ば投げやりに応答。変異種という化け物に行き当たったせいか、下らん冗談すら口に出来る。無論、遺書など用意どころか一文字も書いてすらいない。書く奴は任務ごとに一々書くらしいが、オレはそこまで筆まめじゃない。・・・そもそも、残す相手もいないしな。

しかしフレイは意外にもオレの戯言を信じたらしい。目を見開き、口からはまるでこの世の終わりだと言わんばかりに



「な・・・に・・・・・・既に用意してある・・・だと!??」



などと驚愕している。

いやいや、そんなに驚くところか?もっと違う反応があるだろう。むしろその驚きようにオレが驚くわ。



「くっ・・・不覚!死の前準備でカインに遅れをとるなんて・・・・・・!」



なんかすげーショック受けてるよ。本気か?本当に真剣に?



「ブツブツ・・・・・・カインに・・・ブツブツ・・・・・・・・・遅れを・・・」



・・・・・・どうやら本気らしい。

いくら同僚であり戦友でも、さすがに引くわー・・・。

突如、地面に向けられていたフレイの視線がオレを射抜く。ちょっ、お前、目が血走ってて怖いわ!



「・・・・・・・・・このままでは死ぬに死ねない。生きてこの場を脱出するよ、カイン」



「・・・・・・・・・・・・」



「カイン?」



オレの空耳か?それとも神は実在したのか?

たった今、フレイの口から奇跡の言葉が発せられた?

・・・・・・生きる、だと!?

年中ネガティブ思考のネガティブ発言しかしないフレイが!!?

・・・もしかしたら本当に今日はオレの命日になるかもしれない。それほどに有り得ないことが起きた。



「おーい、カイン。どうして全身硬直しているんだい?」



「・・・・・・・・・ああ、いや。予想外の外の外のそのまた外側の言葉を発した奴がいてな。思わず脳が活動を一時停止していた。・・・うん、よし。もう大丈夫」



「?・・・大丈夫ならいいけど。とりあえず、この包囲網を抜けるとしよう」



「簡単に言ってくれる・・・何か策でもあるのか?」



ちなみにオレは何一つ策は思いつかない。

フレイに丸投げだ。



「策というほどではないけど、とりあえずここからは別行動だね」



「はあ!??」



何をほざくこの馬鹿は!?

オレに死ねと?遠まわしにそう言ってるのか?



「僕が変異種を引き付けるよ。カインはその間に全力で逃げなよ」



「・・・・・・二人で一緒に逃げた方が成功率は上がるだろ」



「変異種との戦いに、足手まといはいらないよ」



「・・・・・・はっきりと言ってくれる」



「僕達の間に今さら遠慮なんていらないでしょ?上級剣使の僕が変異種と戦う。下級剣使のカインは逃げる。合理的な判断だよ」



違う!そんなわけない!!

下級が死んででも足止めして、上級を逃がす。それが普通だ。それが合理的な判断ってやつだ。どちらが今後も国の役に立つかを考えれば簡単な結論!



「それに・・・そろそろ国を出奔しようかとも考えていたからね。これを好機として戦死扱いされれば好都合だよ」



本気なのか、はたまた冗談なのか分からない事を口走るフレイ。いや、半ば以上は本気・・・なのか?結局オレには判別できないままに、フレイが喋り続ける。



「元々、愛国心なんかなかったし。出世にも興味なし。・・・変異種を倒したら、自分が永眠するであろう、墓を建てるに相応しい土地を探すかな」



・・・まだ若いのに、そこまで自分の人生の終着点がビジョン化されているのか?

やっぱりよく理解できない人間だ、コイツは。なんだかこれが最後の会話っぽいので、せっかくだし聞いてみよう。



「候補地としてはどこを?大陸の南方の大雪原?北方の砂海?東方の果ての荒野?」



「西方の大草原」



意外とまともな選択に、少なからず驚いた。一番可能性としては低いと思っていたから候補にあげなかったんだが・・・・・・。



「そこにいる野生の肉食獣に、死体となった僕の体を余すことなく食い尽くしてほしい。理想は骨も残さずに」



いや、それだと墓いらなくないか?

・・・やはりただの変人だな、うん。



「さて、そろそろ本格的に拙い状況だね。包囲網が徐々に狭まっているよ」



「・・・そうか」



こんな無駄話をしている時間は、遂に終わりを迎えるわけだ。



「運よく二人とも生き残れるか・・・。はたまたどちらか片方が死に、片方が生き残るか。最悪の場合として二人ともこの僻地で死ぬのか。運命はまさに神のみぞ知るってやつかな?」



「・・・・・・お互い生き残れば、またどこかで会えるだろう」



「確かに。それじゃあカイン、またね」



これが今生の別れになるかもしれないというのに、実に軽い足取りでこの場を去っていくフレイ。これから変異種と一戦交えるだろうに、その背中には気負いが一切、感じられない。どこまでも自然体。・・・その後姿が、なんだかとても大きく見えた。



「・・・・・・・・・オレも行くか」



フレイが変異種を引き受けてくれても、オレにとって未だにこの森の中は死地だ。

少なくとも百以上の剣精に囲まれている。・・・包囲網を抜けるには戦闘は必至。



「やるしかない、な」



剣精の一体や二体なら、さほどの脅威でもない。下級とはいえオレも剣使。問題なく倒せる。ただ・・・問題は十体以上に囲まれた時だ。数は力。量は質をも上回る。

包囲網を抜けるのに手こずって、増援を呼ばれれば・・・・・・。

不安は尽きないが、迷っていても状況は良くならない。

すでにフレイは動いたのだ。ならばオレも動くのみ。なるようになれだ、ちくしょう!





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