第2話 剣精


「フレイ、何とかしろ!」



全力で森の中を疾走しながらも隣を並走する戦友に、焦りと不安が五分五分で入り混じった心情そのままにオレは叫んだ。

そんなオレことカインの心からの叫びを、戦友であり同僚でもあるフレイは



「無理だ。二人とも死ぬ方向で」



などと無表情に返す。端正な顔立ちをしているせいか、まるで人形のようだ。

一見、クールなキャラだと思われる言動だが、そんなことはない。フレイという人間はどんな状況下でも余裕をなくさないとか、最後には何とかなるさというポジティブ思考の持ち主ではない。

その言葉通り、死を受け入れているのだ。ごく自然に。淡々と。

はっきり言って戦場で生き残れるタイプではない。・・・だが、過去三年間、出撃回数は優に百は超えるというのに未だに生き残っている。

理由は簡単かつ簡潔。

ただ強い。その一言に尽きる。



「しゃがめ、カイン」



先ほどと同じ声のトーン。特に疑問を抱くことなく、オレは素直にその指示に従う。

その直後、オレの頭上を何かがすさまじい勢いで通り過ぎる!

すぐさま態勢を立て直し、背後へと視線を向ける。その視線の先には人外の化け物がいた。



《剣精》



その外見は名前から想像しにくい異形の生命体。

黄色く濁った四つ目。体格は平均的な成人男性と同じかやや小柄。足だって二本だ。・・・他の部位は違うが。

剣精の姿勢は常に前かがみが基本だ。尾てい骨から生えているであろう尻尾で全体のバランスをとっている。体格のわりに足が細いのがその理由だと考えられている。

そして・・・人間とは最も異なる部位こそ腕だ。

剣精に指と呼ぶべきものはない。人間でいう肘から先が刃なのだ。

まさに戦うだけの為に生まれた存在。

無差別に人間を襲う害悪。人間の敵!



「があ・・・ごあ・・・・・・」



そんな人間の敵である剣精の肉体が、ガクガクと震えているのはオレの気迫に圧されて・・・などという事ではない。

フレイの剣が、剣精の心臓を突き刺しているからだ。崩れ落ちるように倒れる剣精から、フレイは荒々しく剣を引き抜く。



「どうやらこいつが僕達に引導を渡す存在ではなかったようだ。残念」



残念なのはお前だ・・・などと口にはしない。言動はともかく、強くて頼れる戦友だしな。

フレイとは同じ国に仕える同僚でもある。

剣使の格でいえば上級に属するほどの強さで、一個大隊を任せられる逸材なのだが・・・本人の出世欲のなさか未だに中隊の副隊長の地位に甘んじている。少しばかり、いやかなりの変わり者である。ちなみに同じく中隊の副隊長であるオレは下級剣使だ。



分類すると下級剣使は一人で一般兵百人と同じ戦力比。

中級で大体五百人。上級にもなれば一人で千人分と試算されている。

つまり、フレイ一人で下級剣使十人とも渡り合えるということだ。うん、フレイも立派な人外だな。


そもそも剣使とは何か?

世に広まっている印象は、常人をはるかに凌ぐ異能力者。

純粋な暴力が形となった剣を振るう者。

心弱き者は剣に使われ、心強き者だけが剣を自在に使いこなす。

前者は己と周囲に破滅を。

後者は己と周囲に恩恵を。

それぞれ平等に与える。無償で。無差別に。無慈悲に。

その者が望もうと望むまいと。

剣の化身、《剣獣》は平等にその姿を現す。

その異能を手にした者は例え女子供であろうとも常人を遥かに超えた次元へと強制的に招き、絶大なる力を授ける。


だからこそ、各国は優秀な・・・上級剣使を求める。

単独で城をも落とすことが可能な上級剣使が十人もいれば、国を興すことすら出来る。国家間の戦争の主力は剣使であり、所属する剣使の数で他国への抑止力としていた。

そんな便利扱いされがちな剣使の仕事は何も戦場だけではない。

現に、今もこうやって剣精退治にかりだされている。

ただ、今回は少しばかり・・・いや、かなりヤバイ状況に追い込まれている。



「まさかオレたち以外全滅とは」



「まだ全滅とは限らないよ。隊長は確かに死んだけど、部下は散り散りになっただけさ」



「・・・それって全滅とほぼ同義だろ?」



あいにく、部下は全員が一般兵だ。剣使であればどうにかなると思うが・・・うん、無理だ。今頃きっと剣精に蹂躙されているはずだ。



「そもそも事前情報と現状の差異がひどいぞ。辺境の情報士官が発信したものではなく、中央の情報士官という時点で、嫌な予感はしていたんだ」



この手のトラブルは、過去にも幾度かあった。しかし今回ばかりはそれら全てが些事だと思えるくらいの、盛大な誤情報だ。



「確か事前情報では剣精の数が二十体ほどだったね。・・・・・・奇襲されてはっきりとは言い切れないけど、その十倍はいたかな?」



・・・フレイは本当に今のこの状況を正しく理解しているのか?

仮に理解しているなら、何でここまで危ない状況なのに危機感を抱かない?

いっそのこと、オレも死をありのままに受け入れれば同じ境地に立てるのか?・・・・・・まあ、無理だと思うが。



「それで・・・これからどうすればこの危機的状況を乗り越えられると思う、フレイ副隊長殿?」



「そうだねぇ・・・・・・少なくとも、のんびり会話している暇はないみたいだよ、カイン副隊長。囲まれている」



大したことでもないと言わんばかりに、フレイはいつも通りの声のトーン。ただし、内容は物騒極まりない。

あまり詳しくは知らないが、フレイの契約している剣獣の力なのか、探査能力が剣に備わっているらしい。しかも精度は正確。

中央の情報士官より百倍、いや、千倍役立つ。

ただ、こういう状況下ではそんな正確無比な情報が少しばかり恨めしい。



「最悪な情報をありがとうと言うべきか?」



「礼は不要だよ」



どうにも、皮肉すら通じんらしい。

それはともかく、だ。



「どうにも組織的な動きだ。剣精にそこまでの知能ってあったか?」



包囲網を構築する剣精の群れなんて、ありえない。

そもそも、剣精が奇襲を仕掛けてくること自体、可笑しいのだ。

だが、そんな可笑しいことが連続して起きている。これはあまりにも異常だ。



「剣精に知能なんてものは皆無だよ。奴らはただ本能の赴くままに、だよ」



「なら、なんで今回に限ってこんな・・・」



「カインも薄々、気付いているんじゃないの?」



フレイの指摘に、思わずギクリとした。

いやいやいや、待て待て待て。その可能性はあまりにも低いだろ?

だから、フレイよ。落ち着け。その推測、というか事実を口にするのはもう少しオレの精神が平静を取り戻すまで・・・・・・



「間違いなく、変異種だね」



待ってくれないのかよ、おい!!



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