第21話 羽兎
「ぐあぁぁぁぁ!」
汚らわしい悲鳴を上げた男を刺した細身の剣を引き抜く。
この男が持っていたものだ。それを投げ捨て、腰のホルスターから引き抜いた二丁拳銃を取り出し、現れた人間に向けて発砲する。
少し前。そう。昨日までは共に仕事をしていた顔触れも居る。
けれど迷わない。先に行っている凉萌様と隊長の退路を塞ぐようにハーバヒトと二人、背中合わせて敵と認識した者達を殺していく。
まるで蟻でも潰すように呆気なく。けれどもその命を的確に摘み取っていかねばならない。
この先には行かせない。絶対に。
わたしとハーバヒトは囮だ。
死んでも構わないただの囮。
それで良かった。わたしの命も、ハーバヒトの命も。
ただ凉萌様の為に捧げたものだから。
「汚らしい悲鳴ですね」
「まあ、血の味なんて知らないお貴族サマなんてそんなモノなんじゃないかな?」
「はあ、凉萌様と同じ貴族という立場でありながら、その位置にあぐらをかく。わたしには理解できません」
「理解なんてしなくても良いんじゃないの?」
だって、もうすぐ。
「オレも、羽兎ちゃんも、終わっちゃうんだからさ?」
「……そうですね」
凉萌はわたしに向かって確かに「頼みます」と仰られた。
だからというわけではないけれども、囮としての任、確かに引き受けました。
凉萌様。進んでください。あなた様が信じるその道を。
この命尽きるまで。ただ、ただ。
わたしは敵をこの二丁拳銃で残酷なまでに正確に射止め続けますから。
「ねえ、羽兎ちゃん」
「なんです?」
「もし、このまま生き残ったら羽兎ちゃんはどうする?」
「そんな可能性はありません。わたしとあなたは此処で死ぬ。それが運命です」
「運命、かぁ……」
ハーバヒトは何かを考えるように「うーん」と唸りながら、警護隊の男の首筋をナイフで切り裂きます。
喉を掻き切られ、悲鳴すら上げられない男は苦しそうにもがきながら死んでいきました。
「オレはさぁ、凉萌ちゃんの従う運命ならそれにならって死ぬつもりだったんだ」
「はあ、何を当然なことを」
「でも、さ」
オレは、とハーバヒトは笑いながら言った。
「みんなで生きる道もきっとあるんじゃないかなぁって、そんなこと考えちゃったんだァ」
「それは隊長が『生きる』ということを望まない限りきっと難しい話でしょうね」
「そうだね」
そうだよね、と呟いたハーバヒトの言葉が頭の中で響く。
もし、みんなで生きることが出来たなら……。
ふっと笑って、そんな未来はあってはならないのですよね、と紫色の朝焼けの空を眺めた。
嗚呼、そう言えば。家族と見た故郷の空もこんな色をしていたな……。
「羽兎ちゃん!」
どうでも良いことを考えた瞬間、ハーバヒトにわたしの名を叫ばれた。
「――っぐぁ」
アヒルの鳴いた時のような声が口から漏れ出た。
ついでとばかりに吐き出された紅い華が大理石を鮮やかに彩る。
「嗚呼、本当に……」
「羽兎ちゃん!今こいつら殺して止血してあげるからね!?」
「ハーバヒト……」
「ナニ!?」
焦ったような声。わたしをからかわない、珍しいハーバヒトのその姿に、少しだけ口角が上がった。
「すず、め……さまの、ために……」
「羽兎ちゃんちょっと黙りなよ!こういう時は喋ってた方が良いんだっけ!?とにかく、安静に……っ」
近付いてきたハーバヒトの腕をガッと掴んで、わたしは朧気になっていく視界の中で確かに言葉にしました。
いえ、言葉に出来ていなくとも、ハーバヒトにはきっと伝わっている筈です。
そう信じてます。あなたとの付き合いも長いですからね。
「すずめさま、どうか……おまもりして、さしあげて……」
途切れ途切れの言葉にハーバヒトは頷きました。
優しい凉萌様の御身をどうか、どうか。お守りして差し上げて。
両の目から零れるのは、血か涙か。
そう言えば凉萌様に聞いたことがありましたね。
血も涙も、同じ成分なのだと。
それなら、どちらでもいいか。と考える。
みっともなく涙を流しながら死ぬだなんて、わたしらしくない。
血塗れの中、生きて、死ぬのみ。
それがわたしの選んだ、道。
敬愛する凉萌様。
――お先に失礼致しますこと、どうぞ御許しくださいませ。
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