第22話 ハーバヒト
羽兎ちゃんが死んだ。それは間違えようもない事実だ。消えようもない真実だ。
腕の中で温度を失っていく羽兎ちゃんを一瞬だけ強く抱き締めて。
そうして優しく大理石の床に横たわらせると、オレは背後の敵に向き直った。
昨日の敵は今日の友って言うけれども、その逆もあるんだね。
昨日までオレ達のことを怖がりながらも下民だからって馬鹿にしていたお貴族サマ達が顔を蒼褪めている。
昨日の友は今日の敵。いや、ずっと敵だったんだ。オレが【烏】に入ってから、ずっと。目の前の奴らは敵だった。
こんな風になるのは、運命だったんだろうね?
「ほんと、ムカつくなァ」
自分の機嫌が悪いことに気が付いた。気分が最悪なことを察した。
こんな形で羽兎ちゃんに負けるだなんて。
こんな形で羽兎ちゃんに助けられるだなんて。
「ほんと、不愉快」
その言葉が皮切り。
自分の出せる最大スピードでオレは敵であるお貴族サマ達を翻弄する。
まるで獲物を狩る鷹のように、オレは奴らを着実に殺していく。
すべてはすべて、オレにとっての女神の為に。
そうして、と、背後を見る。
そこにはもうきっと冷たくなった死体しかない。もう軽口も叩けないのだ。
それはとても悲しくて、あまりに遣る瀬無い。
今まで経験してこなかった類の気持ちだ。
大事な人が死ぬというのは、きっとこういう気持ちのことを言うのだろうね。
オレはあまり賢くないから、正直この感情がどういったモノなのか理解は出来ないけれども。
「羽兎ちゃん」
小さく呟いた声は、あまりにか細かったような気がする。
「もう少しで、全員殺すから」
だから、さ。
「またオレと、凉萌ちゃんの取り合いしようよ」
きっとこの感情もまた、何かの形だったのだろうけれども。
複数の弾丸がオレの身体を貫通して、複数の刃がオレの肌を傷つける。
それでもオレは止まらない。オレを救ってくれた凉萌ちゃんの為に。命を賭してまで庇ってくれた羽兎ちゃんの為に。
オレは死ぬまで、止まらない。
背後の道は、凉萌ちゃんと隊長の居る道は、絶対に守る。
例えば、あの例え話みたいに幸せになれなくても。
この命尽きるまで、オレは戦い続けるよ。
きっとそれが、オレに課せられた運命なんだからさ。
「ここに居る全員。まとめて地獄にごあんなーい」
そんな軽口と共に、オレは持っていたナイフをしっかりと握り締めて、残った敵に軽薄な笑みと確かな殺意を向けた。
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