第13話 冬を迎える朝は涼やかに
◇◆◇
凉乃と出逢ったのは東の小国に仕事で赴いた時だった。
腐った国王。腐ったその家臣。腐った貴族。
そんなものに嫌気がさして、私もいっそ奴等と一緒に腐ってしまおうかと思っていた時だった。
接待場所として連れて行かれたのは紅い大きな鳥居をくぐった先の遊郭とやら。
「ここは……」
「この国の……スパロウ殿の国で言うところの娼館のような場所ですよ」
スパロウ殿はご利用されたことはありますか?
そんなことをにこやかに言われてしまい、私は戸惑いを隠しながら「いえ」と返した。
娼館。娼婦が多様に居る場所か。何人の男に股を開いたかも分からない女をまさかこれから抱かされるというのだろうか。
そうなったなら私は即座に帰ろうと決めながら、艶めかしく手招きをする女達を汚らわしい者を見るような目つき見ながら、首を軽く振った。
連れて行かれたのは所謂『高級娼館』のような場所だと言われた。いやに『高級』を強調された気がしたが、気のせいだと言い聞かせた。
そこで逢った女は豪奢な着物を身に纏いながら凛と背筋を伸ばして私達を見つめていた。
ただ一言で表すのであれば『惹かれた』のだろう。
「凉乃に御座います」
湖面を揺らす波紋のように透き通った声だと思った。
何者も、上客である筈の連れすらも見ていないかのような黒い瞳はどこまでも澄んでいた。
この国に来てから黒髪に黒い瞳は見慣れてきたと言うのに、この凉乃という女を見て「違う」と思った。
この女はこの小国にあって、大国の、我が国の姫にも勝る芯があると。
「久し振りだね、凉乃」
「ふふ、あまりにも顔を見せに来てくれないもんで、あたしに興味が無くなったのかと思いましたわい」
「そんなわけがないだろう。凉乃ほどの女、他には居ないさ」
「おやまあ、嬉しいことで」
ところで、と彼女は私を見た。
「そちらの方は旦那様の御友人で?」
「仕事でこの国に来ただけで、友人と言う間柄ではないさ」
ハッキリとモノを言う。もっとも友人関係でないのは当たり前だ。私達はただの仕事相手なのだから。
「ほう。珍しいねぇ。金色の髪と瞳なんぞ」
「俺のことは珍しがってはくれないのかい」
「旦那様はあたしをお買いになられる時は奥方と何かあられた時ですからねぇ」
「そんな意地悪を言わないで、凉乃の為なら幾らでも積んで買い上げてやると言うのに」
「買う?」
二人の世界。正確には、男だけはそう思っていたようだが、その世界に割って入るように声を発してしまった。男は睨みつけるように私を見てくる。
「ああ、遊女ははじめて見るんですねぇ」
「あ、ああ……」
凉乃はそんなことはお構いなしに笑った。その笑みは何処か遠くを見ていたような気委がする。
遊女どころか、娼婦自体はじめて見る。
などと、この男の前で言えば良い笑いの種にされてしまいそうだ。
「遊女ってのは、金子で買いあげられるんですよ。そして召し上げることも可能ですわいな。妾だのなんだのにされちまうけれどもね」
まあ、あたしは高いですがね。
そうにんまり笑った女の、なんと艶やかなことか。
私は心臓に触れられたかのような痛みを感じて、胸に手を宛がった。
私を此処に連れて来た仕事相手は彼女に夢中になって話しを振っているのを尻目に、何故だか苦しくなったのだ。
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