第7話 羽ばたく鷹は雀を食らう
「元気だったァ?」
そう言いながら、物言わぬ躯と化したソレを踏みつける。
その躯には、頭から顏にかけて『ZERO』の刺青が彫られていた。
今回のターゲットはやはりオレを飼っていた元飼い主様だった。
未だに元気に生きては、相変わらず子供を育てて殺しをさせたり、売ったりしていたらしい。
忌々しい男ではあるが、別に憎んではいない。
「アンタに人殺しの仕方を教えて貰って、オレちょー感謝してるんだよ。だって、この死んだ心でも愛せる人を見付けたんだもん。ありがとォねェ。……って言っても、もう聞こえねぇか」
ガッと躯を蹴り飛ばして、その遺体に火を点ける。
まるで、あの日のようだと一瞬だけ思ったけれど、そんな感情はすぐに牟散した。
「さぁて、早く凉萌ちゃんのとこにかーえろっと!」
「バイバイ」
俺を人殺しにしてくれた、だぁいきらいな恩人さん。
◇◆◇
「ハーバヒト。重いのですが」
心地好い、鈴のような声。香水を付けていないのに香る、良い匂い。凉萌ちゃんの髪に顔を埋めて、息を大きく吸う。
「いい加減にしてくれませんかね、仕事がしにくいのですが」
「……んー。もうちょっと」
もうちょっとこのままで居たいなァと思っていたら、凉萌ちゃんに蹴り飛ばされた。
もう! 涼萌ちゃんったら足癖悪いんだからァ!
「ハーバヒト」
今度は少し怒った声。ああ、これはヤバイ。お仕置きされちゃう。
まあ、それも大歓迎だけど……涼萌ちゃんのお仕置きは痛くて有名だ。主に隊長が良く受けている。
痛くてもその白い肌に触れられたいなァと少し迷ってから、蹴り飛ばされた床から起き上がる。
「そう言えばハーバヒト。あなたに仕事です」
「さっき仕事終わって帰って来たばっかりのオレに、もう仕事?」
「ええ、簡単なものですが」
「内容は?」
「王族に連なるモノの護衛です」
「護衛? なんでオレが……」
オレは殺し専門の筈だけど?
ぶぅっと頬を膨らませれば、凉萌ちゃんは無表情な顔で困ったように肩を竦める。
「酔狂なご婦人が、あなたを侍らせたいようでしてね」
ウチの隊員はいつからその様な役割を持ったんですかねぇ?
死神の衣装のように全身真っ黒な凉萌ちゃんの、唯一ある明るい金の瞳が俄かに怒りを表していた。
「オレは別に大丈夫だよ」
それに、そのご婦人とやらは『護衛』をしなくちゃいけないくらい危ない立ち回りをしてるってことでしょ?
そう言えば涼萌ちゃんは呆れたように溜息を吐いてから静かに頷いた。
「綺麗な顔の男が好きなようですよ」
それはもう、浚ってでも欲しいくらいには。
「ホント、酔狂なご婦人だね」
「ええ、なので王室直々から『お願い』をされています。頼みましたよ。ハーバヒト」
「承知致しました。副隊長」
なァんて畏まって言ったら、ええ、とだけ返した涼萌ちゃんはどうでも良さげに執務机に向かってペンを走らせる。
黒いインクで紙を染めていく凉萌ちゃんをジッと堪能する。
あの日、あの時。
涼萌ちゃんが俺のターゲットでなければ。
今こんなにも穏やかな日常は送れなかったのかな、とつくづく思う。
あの後には続きがある。
涼萌ちゃんに忠告をしたあと彼女は言った。
『私の為に生きられますか?』と。
『死ねるか』ではなく、『生きれられるかと』と、そう問われたのは、はじめてだった。
その言葉に惹かれたのか。もしくはその夜の闇の中に浮かぶ甘い金色の片目に惹かれたのか。
もう今となってはわからないことだけれども。
オレは確かに彼女に惹かれた。
それはもう、無くしたとばかり思っていた感情が揺れ動き、凉萌ちゃんの為に死ねるほど愛しちゃうくらいには。
あの夜の日、オレは生まれたのだ。
「涼萌ちゃん」
「何ですか?」
「帰ったら、ごほーびにデートしてよ」
「そんな暇はありません」
「ちぇ、残念」
その答えは分かっていたから、然して残念でもないのだけれども。
「いつかデートしてよね」
「あなたも酔狂な人ですね」
「涼萌ちゃんのこと大好きだからね!」
「そんな戯言は結構。仕事の準備を行いなさい」
「はいはーい」
本気なのに、酷いんだから。
(そぉんなツレないところも好きなんだけどね)
「さぁて、仕事しますかぁ」
漆黒の軍服に身を包み、愛用のナイフをその下に。
形ばかりの剣を腰に差し、黒光りする銃を二丁懐に忍ばせた。
すべてはすべて愛しの黒き女神の為に。
今宵もオレは、殺戮と言う名の遊戯を行う。
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