第6話 羽ばたく鷹は雀を食らう
「ねえ、アンタがスズメちゃん?」
「……こんな夜中に、一体何の御用でしょうか?」
動揺は見られなかった。まるで最初から知っていたみたいに冷静な受け答え。
「ハジメマシテ。オレはアンタを嬲り殺してあげる男だよ。よぉく覚えておいてね? って、死んじゃったら覚えてらんないか」
あはは、と笑えばこてりとスズメちゃんは首を傾げた。
「嬲り殺す?」
右目を眼帯で隠し、左目の甘い蜂蜜みたいな金色の瞳が夜の中に光る。
スズメちゃんはこちらをちろりと見て、その片方の瞳を三日月のように細めた。
まるで「あなたには出来ない」と言われているようで。いや、実際言われたのだろう。
「可愛くないなァ。折角、優しく嬲ってあげようと思ったのに」
「そのような気遣い無用です。私を殺したいのならば、やってみれば良いと思いますよ」
彼女はその場に突っ立ったまま。動く様子はない。
オレはぺろりと舌舐めずりすると、石畳の道を革靴で蹴った。
彼女は避けることもなく、ただオレを見据えている。
その距離が三㎝程になった時だったか。
――オレは、吹っ飛んだ。
「……へ」
身体が宙に浮く感覚はガキの頃に経験している。
最近ではオレをぶっ飛ばすのは、機嫌の悪い時の主人くらい。その主人の腕は太く、殺しをやる為に鍛え上げられている。
だから驚いた。彼女の細腕で、どうやってオレをぶっ飛ばしたのか。
「驚いた。そんな顔をしていますね」
「うん。驚いてるからね」
「別段、難しいことはしていませんよ」
あなたの力を私が貰い、受け流しただけです。
「へぇ。そんなこと出来るんだ」
「私もただ軍に所属しているだけの女ではありませんので」
「へぇ、そういう高圧的な態度、ゾクゾクするねェ」
「ご勝手になさってください。私、忙しいので。あまり時間を掛けられません」
よって、さっさと終わらせて頂きます。
そういうや否や、スズメちゃんは風のように俺との間合いを詰め、女にしては重い蹴りをオレの腹に抉り込むように入れる。
ボキリ、と肋骨が折れた音がした。
まじかよ、なんて冷静に考える。
オレにとっては骨が折れるくらい日常茶飯事だったから、どうってことはない。
スズメちゃんの重い蹴りに、まるで暴力を奮う時の主人のようで、ゾクゾクと興奮した。
「強いねェ、スズメちゃん」
「そうですか。では、あなたは弱いのですね」
「ははっ。言ってろ……っ!」
身体を跳ねさせ余裕な顔をしているスズメちゃんに近付くと、ブンッと音が鳴る。隠し持っていたナイフを振り下ろしたのだ。
それを上体を反らして避けるスズメちゃんはそのまま一回転する。
「私は忙しいと、そう言ったのですけれどもね」
「じゃあ、力づくで俺を殺して行きなよ!」
どうせ仕事が失敗したら死ぬんだ。
この女を殺さない限り、俺に生はない。
「――憐れですね」
「は、何を……」
「自分の生きる道くらい自分で決めたら如何です? いい加減、誰かに決めて貰う歳でも、誰かに従って生き続けなければならない歳でもないでしょう」
「……」
その言葉は目から鱗だった。
そんなこと考えたこともなかったから。
でも、と思うんだ。
「今更な話だね? 自分で決めるなんて面倒なだけだよ」
逃げられやしない。あの組織からは。
「では私が道標にでもなって差し上げましょうか?」
「え、」
「ひとりで生きていけ何て無責任な言葉は発しませんよ、私とてひとりでは生きて居ませんから」
こう言っては何ですが、私。
「前々からあなたに目を付けていたんですよね。あなたの殺人技術は素晴らしい。ぜひウチの隊に来て頂きたいものです。軍としても連続殺人鬼の存在を消せますし、何より我が隊が幾分か楽になります」
「……それ、スズメちゃんの美味しいとこしかないじゃん」
「人間とは、自分本位に出来ているんですよ」
知りませんでしたか?
そうコテンと首を傾げた彼女に、笑いが込み上げてきた。
「笑うところなんですか」
「ふふ。生真面目に返されても困るなァ」
そうか。……そうか。
オレは人を殺すしか能がないけど、スズメちゃんはそんなオレでも求めてくれるのか。
生きる道を、与えてくれるのか。
それがどんな道かは知らないけれど、スズメちゃんと居たら楽しそうだ。
オレは手を差し出した。
スズメちゃんは警戒心の欠片もなく握ってくれた。
血塗れのオレの手を。何の衒いもなく。それが当たり前のように。
「スズメちゃん。大事にしてね? じゃないと、」
――今度は殺すから。
「おやまあ、怖いことですね。精進しましょう」
「ふふ。そうして」
袖口に隠し持っていた毒針を器用に避けて握られた手の暖かさを、オレはきっと一生忘れない。
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