第220話 街道を行く

ニホバル魔王の執務机にルリア妃から報告書が届いた。


「衣装が出来たのか、今夜試着の予定と。 嫌な予感だけど仕方ないか」


他国から冒険者が魔王退治に来るらしいという報告を受けてから、妃達が盛り上がっている最中だ。

普段のニホバルの姿じゃ、魔王として迫力に欠けると言われている。どうやってニホバルが悪の大魔王らしく見せようかとワイワイと楽しそうにやっている。




用意された衣装を見て唖然とした。


「ルリア、これは衣装と言うより、着ぐるみなんじゃ?」


「凄いでしょ? これなら悪の魔王っぽいと思うんだけど」


黒を基調にして赤いラインが走り、あちこちに棘が生えていた。

着てると蒸れそうで嫌だなと思いつつも良しとした。

背中から赤い光が立ち昇り、炎っぽく見える道具も用意されている。


……これも背負うのか。


「被り物も用意出来てるのですよ」


タリエル妃も面白そうな顔で近づいて来る。



着ぐるみは結構な重量があって、重くてしょうがない。


「重くて歩き難くてしょうがないぞ、これ着て歩くのか?」


「ニホバル魔王殿は、ただ玉座で踏ん反り返っていれば良いのじゃ」


エルラエル妃の衣装は天使に見えるな。

天族の者だから、背中に元々白い羽があるし。


玉座は、と見れば悪趣味極まりない飾りで、ゴテゴテと恐そうに飾り立てられている。下手に肘をつけば、刺さって痛いかもしれない。


「次はニホバル魔王殿のメイクを考えるのじゃ」


ニホバル国王は顔にパタパタと青黒いパウダーを顔にはたき付けられて行く。


「こういうのはどうでしょう?」


今度はルリア妃に筆で隈取が描かれて行く。


「うーん、完璧じゃな、いかにも悪そうな悪の魔王に見えるのじゃ」


ますます某悪の秘密結社の親玉のようになっていく。

台詞も用意されている様子。

尊大な喋り方と、声、所作も考えなくちゃいけないな。


「衣装関連はこれで良いとして、今度は謁見室を飾らなくちゃ」


ノルナ妃は室内も悪の雰囲気を出そうと画策している様子。

綿を固めた物を壁に張り付け、城の使用人たちが硬そうに見える着色をしている。本物の岩を持ち込むと、重さで城が歪みかねないからだ。



「ニホバル、進行具合はどうだ? ギャハハハ」


様子を見に来たロンオロス大公とアビスナ陛下、側近達も大笑いだ。


「悪の大魔王らしいじゃないか、うぷぷ」


「悪の魔王なんだから、適役の父上に代わってもらいたいですよ」


ニホバル魔王は文句を言ったが、却下され相手にされない。


「折角のイベントだ、余等も別室で楽しみに観せてもらうぞ」


「そうですよニホバル、勇者の相手をするのは魔王の役目ですから、ククク」


まったく、どいつもこいつも人事だと思って。



「兄上様は次に楽団にBGMの選定と指導をお願いします」


隣の部屋の楽団がBGMを流すために、どうしても部屋の一角のドアを開け放すしか出来そうも無い。

音楽機器が使えない世界だからしょうがないと言えばしょうがない。

こんな風にドタバタしてると、生前の演劇の事が思い出される。

今となっては、どうでも良いし、記憶の片隅から消えかかっている。

イベント当時日は、シレラ様達も観に来ると言う連絡も入った。




--------------




俺達はアサスウイアで一月みっちりと扱かれた。

戦闘経験の見直しには、良い経験だったかも知れない。

どんな魔獣と戦うよりも。


酒場の女将さんと宿屋の女将さんは、長年のライバルだったらしい。

世の中、上には上がいるもんだ。

そんな二人より女王は更に強く、噂じゃ最強の女王に勝った女もいるらしい。

まさか、そいつはヒュドラを倒したという姫じゃないだろうな。


「名残惜しいね、ハバム、あんた私の婿になる気になったら、いつでも来な」


酒場の女将はそう言うが、はっきりお断りしたい。

絞り尽くされ、残りかすにされて捨てられそうだ。

彼女達に連れ合いがいない理由が解る気がする。


「はあ、凄い国でしたね」


稽古の間中、ラシチャニも痣だらけだった。

よく死なずに今まで保ったものだと安堵する。

特に女同士だと余計に手加減が無かったらしい。


ボコボコにされたのは、ダマロスもハバムも俺も同様だ。

ただ一人免除されたのは、キポック老師だけだ。

若く見える肉体でも、ハード過ぎる特訓には耐えられないと判断された。

そういう意味では、十分に手加減してくれたんだろう。




道すがら魔獣を斃してみたが、今までより更に効率良く退治が出来た。

パーティーとしての連携も、驚くほど上手くなった。

無敵とまでは言えないが、伝説の勇者パーティーに匹敵出来るかも。

そう考えれば、気も楽になる。


「後もう少し行けば魔物の国ハユバムだな、

 河を渡り更に行けば、魔族の王都ザウィハーが見えるだろうぞ」


地図を見ながら、目指す目的地を計るキポック老師。


「いよいよ、これからが本番か」


闘志を燃やすダマロス、胸に熱い物が込上げている様子。


「そうだな、気を引き締めないとな」




街道を行き交う地元の者の中に、魔族がチラホラと増えてきた。

だが、誰一人襲ってくる者も、警戒する者もいない。

至って普通に人族のように歩いている。


「何だか様子が変ですね」


「人に馴れているとか?」


一方的に魔族を成敗したら、こちらが悪人呼ばわりされそうな雰囲気がある。

魔族が増えて来ているのに、不思議と長閑なのだ。

その事実に煮え切らない思いになって来た。


「アルザス、馬を調達しよう」


「そうだな……、何時までも暢気に歩いていても気が気じゃない」


「馬でザウィハーまで駆け抜けるか」


「そうですね馬なら、ある程度襲撃者を躱す事も出来るでしょうし」


今までに襲撃は無かったが、敵の本拠地に近くなれば、どうなるか予想はつかない。今考えられる安全策は、馬で駆け抜ける方法だ。

そうした方が良いに決まっている。

この何とも言えない雰囲気も払拭出来るかもしれないな。


アルザス達は、街道を行く人族の男から、馬を購入する事に決めた。

今までにも、そういう馬屋は何人か見てきたから、不可能じゃ無いと思う。




無事に馬を調達でき、やがて前方に河に挟まれている街が見えてきた。

増水する季節じゃないらしく、容易に渡河できそうだ。

ズルワ河とユミル河に挟まれている街の名前は、中州の街ヘルトル。

俺達はそのまま街中を突っ切り、反対側にある門から街を出て行く。


門の外に見えるもう一つの河を渡れば、宿場町ゾデロンだ。

河が増水した時には、この宿場町で足止めになると言う。

今日はここで一端休憩を取る。

後二、三日で魔族の王都ザウィハーに到着できるだろう。


「強行軍だったが、あと少しだな」


「ああ、いよいよ正念場だ」


「果たして、私達で魔王を斃せるでしょうか」


「装備は強化したし、戦闘経験も見直せた、後は自分を信じるだけだ」


「それにしても、魔族領は魔界のイメージとは違い過ぎるのぅ」


「ああ、それは気になるな、人の暮らしと変わらないように見える」


一抹の違和感を覚えるが相手は魔王だ、瑣末な事を気にしている余裕は無い。

知略の魔王という噂に違わず、『会見希望者申請書』なんて物を送って来る奴だ。何の策略か判らないが、負けてなるものか。

気を引き締める一同。最終決戦は目の前だ。






魔族の王都ザウィハーが見えてきた。

魔王城がそびえているのが見える。

街門を潜り、俺達は王城に直行する。


「ここが魔王城か」


「門衛に話をつければ良いのかな、魔王らしくないぞ」


「俺達のやる事も全然勇者らしくないと思うが」


アルザスは門衛に来訪を告げ、巻物を手渡した。


「少々のお待ちを」


別の使いの者が、城内に入っていくのが見える。

ほどなくして使いの者は官吏と共に戻って来た。


「いよいよか」


一同は身構え、緊張を高めて行く。

各々は武器を握り締め、気を引き締める。


「書類に不備が見られたので、差し戻します」


「「「え?」」」


驚く一同。


「ここと、ここに認めの押印が有りませんね、

 血判で良いですから押印をしてください」


ここでも一同は脱力した。

魔王との決戦を前にして、馬で強行軍までしてきたのに……。


「何て事だ……」


「仮にも国王様に謁見するのですよ?

 勇者とは、そんないい加減な人達なんですか?」


官吏の言う事は正論だ、反論が出来ない。


確かに魔王だろうと、居城に押し入る勇者というのはどうかと思えてきた。

強引に押し入れば、単なるみっともない押し込み強盗だな。

礼儀を知らぬ野蛮人だ、その姿を勇者と言えるだろうか。


しかし書類を遣り取りする勇者ってのも、どうかと思うぞ。

討伐に来た勇者は招待客じゃないはずだ。

魔王を斃しにきた勇者って、どうやったんだっけ。


「儂らは魔王の心理戦に絡め取られたようじゃな」


ボソッとキポック老師はつぶやいた。

魔王、恐るべし。

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